夕闇イデア

□W
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すったもんだの末、安室が肩を貸すことで場は落ち着いた。
凛桜も安室も頑固に互いを譲らず、半ば喧嘩のような形ではあったが。
観覧車から脱出し、人の波に流されるまま2人は歩いた。

「……あの時のあれは、何だったんですか」
「私の体に内蔵されてる爆弾みたいなもの。……あれを見ておいて、よく私に触れるね。これで十二分に分かったでしょ」

研究者達の元に連れていかれる道中、安室が凛桜に言った言葉だ。

“高威力の爆弾でも内蔵されているんですか?”
“似たようなものかな”

そして、指ひとつ汚さず、研究者達を全員殺したと言った彼女。

「紛れもない私が、彼らを殺したってね」

赫子を使えば、可能だ。
人間ではないと言い切った彼女の言葉には何一つ、嘘偽りはなかった。
隠しておきたかったもののひとつがアレなのだと、安室は悟る。
コナンは何か知っているようだった。

「……彼らを殺したのは確かに、あなただということは分かりました」

正面よりも少し下を見る凛桜の横顔に、安室はだが、と首を振った。

「あなたは、この水族館にいる人々を救う助けもした。こんなにもなってまで」
「………………」
「腰から生えたあの妙な触手が何なのかは知りませんが、少なくともあなたはそれを守るために使った。それだけで十分です」

凛桜は瞠目した。
瞳を揺らし、押し黙った彼女を安室が覗き込む。

「口汚く罵られると思いましたか?」
「………………だって、私はどうしようもなく化け物だから。赫子を見せたら、もう終わりだと思ってた」

安室の足は人気のない方へ向かっている。
それをいいことに、凛桜は心情を吐露していた。

「………人間は、いいなぁ」

木の影に隠れて、赤井が立っている。
泣き笑いのような表情を浮かべ、凛桜は彼に手を伸ばした。

「わたしたちは、どうして生まれてきてしまったのかな」
「……人間に、なりたかったのか?」

手は遠く届かず、ぶらんと重力に従って落ちた。

――人間に、なりたかった?

遠くから、懐かしい少女の声が聞こえる。

「……人間だったら、向こうでも幸せになれたかな」

馬鹿みたいな“もしも”に、凛桜は笑う。
ありえないことを考えるより、目の前を見据えた方がよっぽど明日も生きられる。
まだ腹に刺さったままだった鉄筋を掴み、引き抜いた。
さすがに少し痛みを感じ、頭がはっきりする。

「……そんなこと、どうでもいいけど」

落ちていた気分が上がるのが分かった。
腹の傷が徐々に治っていく。
鉄筋を投げ捨て、凛桜は安室の肩から手を離した。

「帰ろうか、凛桜」
「うん」

差し出された手を取り、いつもの自分を取り戻す。
自由で飄々とした、普段通りの凛桜に。

子供たちが似ていると言っていたキュラソーは、何か変われたのだろうか。
直接会話はできなかったが、彼女も子供達に感化されたことは間違いない。
立場が違えば良い関係を築けたかもしれない。
そんな“もしも”を考え、凛桜はふっと笑った。



どうやらまだ、本調子ではないらしい。




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