夕闇イデア

□T
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工藤邸に一度戻った2人は、それから別行動を取った。
赤井はFBIに連絡を取り、情報の共有を。
凛桜はというと、次の日のバイトに備えて早々に寝た。
次の日起きてみると赤井の姿はなく、携帯にメールが入っていた。

「……また手を借りるかもしれないから携帯を気にしておけ、ね。はいはい」

昨晩のあの壮絶なカーチェイスが何だったのか、凛桜は知らされていない。
ただ、役に立つかもしれないという理由だけで車に乗せられただけだった。
だが、赤井と安室が揃って同じ人物を追いかけたということは、示す答えはひとつ。
また例の組織が動いたということだ。
あの2人の追尾から見事逃げきった銀髪の女を思い出して凛桜は考え込んだ。
警察庁の窓から飛び降りた時の、あの身のこなし。

「……只人じゃないな、あれ」

高速道路のあの高さから落ちて無事で済むとは考えにくいが、あれでは生きている可能性があると見ていいかもしれない。
こちらで今まで会った人間の中でもトップクラスの身体能力だ。
コーヒーを入れて飲んでいると、携帯が音を立てた。
これは着信を知らせるものである。

「もしもし」

ディスプレイに表示された名前は江戸川コナン。
珍しいと思いつつ、凛桜は通話ボタンを押した。

『もしもし、凛桜さん?今日は――』
『凛桜お姉さん、今日の予定は空いてる?』
『俺たちと観覧車に乗ろうぜ!』
『水族館もありますよ!』

子供特有の高い声に驚き、耳につけていた携帯を離す。
凛桜を相手にした時のコナンの声は低いので完全に油断していたのだ。

「観覧車?水族館?」
『悪ぃ、凛桜さん。オメーら、俺がちゃんと説明すっからちょっと黙っててくれ』

コナン君ばっかりずるい、と不平を言う声がコナンの背後で聞こえる。
凛桜は思わず吹き出した。

「なーに、遊園地?」
『今東都水族館にいるんだけど、コイツらが凛桜さんも誘えばよかったって言い出してよ』

呆れ口調のコナンに、凛桜は笑いが収まらない。
半分笑いながら返事をした。

「ごめんね、今日はこれからバイトなの。今度行こうって伝えてくれる?」
『ああ、分かった。忙しいのにごめん』
『凛桜お姉さん、来れないの?』
『こちらのお姉さんと仲良くなれると思ったんですけど』
「……こちらのお姉さん?」

聞こえてきた妙な言い方に、凛桜は眉を寄せた。
蘭や園子なら面識があることを子供たちも知っているので、その表現はおかしい。
というよりも、彼らも初対面であるように取れる。

『記憶喪失のお姉さんと出会ったんだ。その人の髪が銀髪だったから、歩美ちゃんが凛桜さんと似てるって――』
「銀髪の、お姉さん?」

瞬時に昨日の女が脳裏に浮かんだ。
あれだけの事故だ、記憶喪失になっていてもおかしくはない。

「コナン君。その人の記憶喪失、原因は分かる?」
『車の事故だと思うよ。フロントガラスが周りに落ちてたし』
「……そう」
『凛桜さん、何か知ってるの?』

凛桜は眉を寄せた。
子供たちの安全を考慮すれば、今すぐにでも飛んでいって傍にいるべきだ。
並大抵の人間など敵ではない凛桜なら、いくらあの女が相手でも十分に対抗できる。
だが――、記憶喪失ということが気にかかった。
あの時、女が凛桜の容姿を覚えていたかどうか。
凛桜を見て記憶を取り戻すことはあまりないだろう。
だが、記憶が戻った時に凛桜を見て、組織を裏切り、死んだはずの赤井秀一と共にいたことを思い出されたら。
それは凛桜にとっても赤井にとっても、不利益にしかならない事態だ。
この場合、凛桜は姿を表さない方がむしろ子供たちのためになるのではないだろうか。

「……警察には届けた?」
『う、うん』
「私は何も知らされてないから分からない。けど、一応気を付けておいて。昨日の事故、ただの事故じゃない。何かあったらいつでも私に電話してきていいから」
『……分かった』

通話を切り、凛桜は赤井にメールを打った。
昨日の女が東都水族館にいることと、子供達と行動していることを送ったが、返事は返ってこなかった。



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