夕闇イデア

□V
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FBIの3人と探偵団の子供たちがそれぞれ別の部屋に分かれたところで、凛桜は再び玄関に向かった。
携帯も発信機も持たず、手ぶらの状態で彼女は外に出た。
なんのことは無い。
ただの勘、運がよければ、という根拠もない行動だった。
外れれば散歩という名目になるだけだ。
だが、凛桜はなんとなくそれが的中すると予想していた。
あてもなくあちこちを歩き、夕方近くになってきた頃。
薄暗い路地で、サングラスをかけた女と遭遇した。見事なプラチナブロンドの髪を持ち、どこか艶やかで妖しい女。
――ベルモット。
視線と視線が合い、凛桜の唇に笑みが浮かんだ。

「こんにちは、綺麗なおねえさん」
「あら、あなたとは初対面だと思うけれど」

ベルモットがサングラスをずらすと、その奥から碧眼が現れた。
宝石のようだ、と凛桜は頭の片隅で考えていた。

「対面は初めてだけど、初めましてじゃない。そうでしょ、怪しい組織のおねえさん」

忘れたとは言わせない、と謳うように続けた凛桜を凝視し、ベルモットはその目を細める。

「バーボンがせっかくあなたとあの妙な組織は無関係だと工作したのに、私と接触していいのかしら?」
「実質無関係だからね。今日あなたに接触したのは、なんとなく会えると思ったからだよ。私には特に理由はないけど、そちらにはあるんじゃないかと思ってね」

邪気と好奇の混じった声と目をする少女だ、とベルモットはひっそりと警戒した。
それに気付かない凛桜ではない。

「あなたはその手の人間が見ればすぐに分かるわ。裏社会の者だってね」
「そうだね」
「表社会を堂々と闊歩しているけれど、何のつもりかしら?一般人に近付いて、何を企んでいるの?」
「特に何も」

ベルモットの眉が不快げに寄った。
それさえも美しく、様になる美女だった。

「私、もう裏社会からは足を洗ったから。なんなら調べてみたらいいよ。健全な生活しかしてないから」
「健全な生活をしている人は普通、犯人の首の骨を折らないわよ」
「うわーーーー!なんでそんなこと知ってるんだ!黒歴史なんですけど!」

簡単に素を出した凛桜である。
ベルモットは虚を突かれたように一瞬固まった。
次いで、彼女は肩を震わせて笑い始めた。

「アハハハハハ!やだ、変な子ね」
「心外だな!そんな笑うことないじゃん」

ベルモットは気が抜けたように声を上げる。
凛桜はそれに若干赤い顔で文句を言った。

「あなた、裏と表の顔が違いすぎるわ。まるで別人ね」
「そりゃあ、使い分けなきゃどっちの社会にも失礼でしょうに」

飄々とした口振りは軽い。
くるりと一度回り、凛桜は車止めのポールにもたれた。
それに軽く腰掛けるようにして、ベルモットを見上げる。

「誰だって色んな顔は持ってるもんでしょ。仕事じゃめちゃくちゃ厳しい上司が家ではとっても優しいパパだったりする。それと一緒だよ」
「裏社会はあくまで仕事だと?」
「そうだよ」
「――それならどうして私達は、あなたのその濃厚すぎる裏社会の空気を嗅ぎつけてしまったのかしら?」

血と薬と泥に塗れた裏社会。
凛桜がたまに見せる鋭利な刃物のような視線。どうあっても隠しきれないそれを、ベルモットは警戒する。

「あなたは危険。裏社会の長い人間なら誰でも分かるわ。――あなたは何なの?」
「さぁね。足を洗った、これで満足してくれないかな。大体私に何かする気がないのは見てて分かるでしょ。そっちが勝手に警戒してるだけじゃない?」

警戒している側からすれば、何とも理不尽な言葉だ。
だが、凛桜からしてみればずっと警戒され続けるのも鬱陶しいことこの上ない。
それで何か仕掛けられる前に釘を刺しておこうとわざわざ出向いたのである。

「そんなに私が気になるなら、定期的に会いに来れば?安室さんの監視はあんまり信用してないんでしょ?」
「……ええ、あなたの事に関してはね」

犯人の首の骨を折ったことまで知っているのなら、周りの人間関係は全て調べ尽くされているだろう。
ましてやベルモットはあのベルツリー急行で、バーボンと共に行動していた。
重要な任務だっただろうそれを、慣れない相手と組んですることはまずない。
ある程度面識があり、互いを知っている同士でやるのがセオリーというものだ。
そしてバーボンは、あの研究者達が凛桜を連れ去ろうとした時の監視も彼の組織から命じられていた。
そのバーボンが傍にいるというのにベルモットがわざわざ凛桜を警戒しているということは、2人は別で動いている。
恐らくバーボンはベルモットが凛桜のことを調べたことを知らない。バーボンが知らないということは、組織の方も知らないのだろう。
全てベルモットが秘密裏にやっていることだ。

「あなたが『何』を気にしているのかは知らないけど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。私の所属してた組織はもうないから、私に命令できる人もいない。突然態度を豹変させて無差別殺人とかしないよ」
「命令されたらすると?」
「それが仕事だったからね。何も不思議なことじゃないでしょ?なにまともな人間みたいなこと言ってるの?」

理解できない、と言いたげに凛桜は肩をすくめた。

「私の仕事は基本的に暗殺だった。命令されたら殺す、それだけの簡単なこと。命令する人もいないのに、理由もなく殺すわけないでしょ?」
「……あなたにとって、裏社会は単なるビジネスでしかなかったと?」
「まあ……、それだけかって言われるとちょっとつらいけど。拾ってもらった恩もあるし、ずっとそこで生きてきたし」

やはり、とベルモットは考える。
凛桜が表社会に出てきたのは、彼女の組織とやらがなくなってからだ、と。
だからその濃厚な空気を消しきれていない。
凛桜自身にその気がなくても、彼女がそこにいるだけで警戒されてしまうのだからある意味可哀想だ。

「裏社会にいた頃、随分殺したんでしょうね」
「あははは、そうだねぇ。たくさん殺したね」

軽い口調のまま、凛桜は言う。
その言葉にどれほどの重みがあるのだろうか。
ベルモットは息を詰めた。



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