夕闇イデア
□U
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――同じだと思ったのだ。
復讐に囚われ、そのことしか考えられなくなってしまった彼と、自分が。
初めはただの興味だった。
疲れきった顔をして、精神が擦り切れてボロボロになりかかっている彼が、何のためにそんなに必死になって生きているのか。
それが知りたくて、抵抗せずに拘束された。
監禁されて間もない頃、ひどく参った様子で帰ってきた日があった。
凛桜は何も言わず、ソファに転がった彼にコーヒーを渡した。
一瞬、自分が“誰”なのか分からなくなったと彼はぽつりと漏らした。
床に座ってソファにもたれた凛桜の頭を好き勝手に撫で回し、彼は勝手に寝た。
1時間ほどして起き上がり、また出かけていく頃にはもう安室透になっていた。
その次に帰ってきた時は、多少ましな顔色をしていた。
ただ、一度だけ。
「ゼロと呼んでくれ」と言われたことがある。
凛桜はやはり何も言わず、彼の望むようにした。
彼には休息が必要だった。
何者にもならなくていい時間が必要だった。
バーボンも安室透もゼロも忘れて、しばらく眠ってしまえばいいのにと思った。
そしてまた絆されたことに気が付いて、凛桜は力なく笑った。
「……これでいい。これでいいの。ここは私が誰も殺さなくていい世界だから」
CCG。気に入らない喰種。仕事で命じられた殺し。
血塗れの手はもう見飽きた。
なら、これからは大切な人を助けるためにこの手を使おう。
「ごめんね、ヤモリさん。あなたの仇は討てない」
外の闇を見る。
耳をすませば、1階で話している二人の声が聞こえた。
だが、様子がおかしい。
「……何!?赤井が拳銃を発砲!?」
階段の方へ向かい、様子を伺う。
気配は完璧に消してある。
彼は動揺しているようだ、気付く様子もない。
「……赤井さんは何をしてるのさ」
電話の相手が赤井に変わったらしく、微かに声が聞こえる。
気配を消したまま階段を降り、リビングに通じる扉の前で会話を聞いた。
『“ゼロ”とあだ名される名前は数少ない。調べやすかったよ……降谷零君』
――降谷零。
彼の本名。
零。0。ゼロ。
『目先の事に囚われて、狩るべき相手を見誤らないで頂きたい。君は、敵に回したくない男の1人なんでね……』
静かな声が電話越しに響く。
『それと……彼の事は今でも悪かったと思っている』
赤井の言葉は続く。
『……もうひとつ。囚われのじゃじゃ馬姫は自力で脱出済みだ。あれを本気で拘束したいなら、10倍でも足りないことは分かっていただろう?』
(余計なことを―――!!)
凛桜は額に青筋を浮かべた。
しかもじゃじゃ馬姫とは何事だ。
気になる内容もあったが、凛桜は目先の事に怒った。
扉が開き、出てきた男と鉢合わせたことも何も気にならなかった。
「凛桜、さん……」
「ドーモ。じゃじゃ馬姫だよ」
驚いた顔をした彼――降谷零を見上げ、玄関へ誘う。
「聞こえていたんですか?」
「まあね」
「どうやって抜け出したんですか」
「窓から。普通に飛び降りただけ」
降谷の目線が凛桜の足に移る。
信じ難いと言いたげな表情に、凛桜は繰り返す。
自分ならできると。
「……できたから、ここにいるんだよ」
「赤井秀一は、あなたのことをよく知っているようでしたが?」
「そうみたいだね」
凛桜はあくまでしらを切り通す。
降谷はそんな彼女を見下ろし、息を吐いて玄関の戸を開けた。
去り際に目が合う。
「……お邪魔しました」
扉が閉まると、凛桜は静かに鍵を閉めた。
この数時間でどっと疲れた体を引きずり、リビングに戻る。
テレビではまだ、マカデミー賞の様子を映していた。
優作を演じている有希子がインタビューに答えている。
凛桜はソファに身を沈め、終わるまでそれを眺めたのだった。
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