夕闇イデア

□V
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「安室さんって、大丈夫なの?」
「何がです?」

唐突に凛桜がそう言った。
安室は前方を見たまま、聞き返す。

「いろいろ。その組織とやらも危険そうだし、バイトとか探偵とかやってて寝る暇あるの?」
「まあ、なんとか。そう言う凛桜さんは、ちゃんと寝ているみたいですね。隈が消えてる」
「話逸らさないで。精神的に大丈夫かって聞きたいんだけど」

じろ、と少女が睨む。
初対面のあの辛辣さが嘘のようだ。

「心配してくれているんですか?優しいですね」
「――自分が誰なのか、分からなくなる時があるんじゃないの?」

鋭く、凛桜は言った。
思わず呼吸が止まった。

「何を、言っているんです?」
「ダブルフェイスなんて、やるもんじゃないってこと。ちゃんと息抜きしてる?」

年端もいかない少女が、悟ったような目をしている。
安室の場合はトリプルフェイスだ。
まだ真の顔は誰にも明かしていないので、彼女は知る由もない。
これは、凛桜の警告だ。

「知っているように言いますね」
「……精神(あたま)狂わされたことなら、あるからね。戻れるうちに戻っておいた方が身のためだよ」
「本当にあなた、何者なんですか?」

何度も言うが、成人もしていない少女が発する言葉とも思えない。
たまに見せるひどく大人びた雰囲気と言葉に混乱する。
眉をしかめると、凛桜は困ったように笑った。

「安室さんには教えてあげられないよ」
「なぜ?」
「それも秘密。言ったら怒りそうだから」
「怒らないので教えて下さいよ」
「い、や」
「……なら、たまの息抜きには付き合ってくれますか?」

自分でも意外な言葉が出た。
ほとんど無意識に言っていたそれに、凛桜は逆に驚きもしていなかった。
彼女はただ、やはり困ったように尋ねた。

「私でいいの?」
「あなた以外に頼める人もいませんよ」
「……それもそっか」

どうやら、謎の多すぎる凛桜を暴く絶好の機会をうまい具合に作れたようだ。
トリプルフェイスという重圧に、思っていた以上に疲弊しているらしい。
疲れは自覚していたが、凛桜に指摘されるまで無視していた。
疲れたと言ったところで、どうにもならないのだ。
ある程度事情を把握し、それでいて何も聞かずにいてくれる凛桜は安室にとって都合の良い存在だった。

「じゃあ、必要になったら連絡してね」
「ええ、ありがとうございます」

車は4丁目に入り、少し入り組んだ道で止まった。
喫茶店の裏側で凛桜を下ろし、軽い挨拶をして安室は走り去った。



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