夕闇イデア

□U
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「私、努力しない馬鹿が一番きらいなんだよね」

パキン、と凛桜の人差し指が鳴った。
首を右に傾け、彼女はマスク越しに宙吊りの男と視線を合わせた。その拍子に白髪がふわりと揺れ、男も左右に揺れた。

「恵まれない子供は、必死になって生きようとする。けど、恵まれてる子供は最初から全て与えられているから、努力しようとしない」

別にそれはいい、と凛桜は続けた。

「努力せずとも立派に育つ子供はいい。けどね、問題は努力も苦労もせずに自分は不幸だと喚くだけの子供だよ」

口調はあくまで軽く、優しいとさえ感じさせる。
その柔らかな口ぶりのまま、凛桜は振り返った。

「だからね、君にナンパされた時は殺してあげようと思ったんだよ」

視線の先には、あの青年がいた。
血溜まりのできた倉庫の床を呆然と見つめ、その中心にいる凛桜を震えながら見つめていた。

「何も考えずに怪しげな取引にホイホイついてくからこんなことになるんだよ?そんな奴、名前を覚える価値もないよね。そのうち食糧にしてあげようと思って生かしてたけど、こんなにできたしもういいや」

青年の膝はがくがく笑っている。
見たこともない凄惨な状況に、彼の頭がついて行っていなかった。

「そのカラッポな頭でよく考えて答えてね。君はいつ、雇われたの?」
「あ……あぁ…………」
「やだなー、答えてって言ったじゃん」

口を開閉させ、彼はただ首を振る。
少し苛立ったように赫眼を細め、凛桜は青年にも赫子を巻き付けた。

「ひぃぃぃぃ!!!あああああああ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない!!」
「うっさ。喋れとは言ったけど喚けとは言ってないんだけどな。…ちょっと、聞いてる?」

泣き喚く声が倉庫に響く。
思わず耳を塞ぎ、凛桜は彼を床に放り出した。

「嫌だ……やめて……やめてください……」
「だめだこりゃ。使い物にならないなら、さっさと死んでね」

興味が失せたように呟き、凛桜は青年の首を跳ね飛ばした。
ぽとん、と落ちた顔は絶望に塗れていた。
それを何の感情も抱かずに見下ろし、再び捕らえた男に向き直る。

「お待たせ。無駄な時間使っちゃった」

逆さ吊りにされている男は、血が昇って真っ赤になっていた顔を青くさせた。
彼はもちろん何度も逃れようと抵抗していたが、赫子には銃も刃物も通らない。
凛桜にとっては痛くも痒くもない抵抗だった。

「君はもう少しだけ賢そうだから、私の質問に答えてくれるよね?」
「こ、答える!!答えるから下ろしてくれ!」
「ん?いいよ」

あっさりと頷いた少女に、男の顔が輝く。
――だが、その一瞬後に彼は絶叫を上げていた。

「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!」

男は頭から地面に落ちた。
赫子が巻きついていた右足はふくらはぎの真ん中からなくなり、おびただしい血が流れている。

「あああああああ俺のッ俺の足がァァッ」

男はあまりの激痛にのたうち回る。
その光景を可笑しそうに笑い、凛桜は男に近付いた。

「この程度で痛いの?幸せだねぇ。じゃあ質問。答えられなかったら左足も落とすから、ちゃんと答えてね」
「ひっ……!」
「どうして私をここに連れてきたの?」
「しっ、知らない!詳しいことは何も――俺達はただ、お前を弱体化させればいいと――」

どうやら、彼もただ雇われただけの傭兵らしい。
本命はあくまで情報を漏らさず、凛桜を連れて行こうとしているようだ。

「ふぅん……。じゃあ、前は制圧できたっていうのは?」
「半年前、同じような依頼が――その時はここまで手こずらなかったんだ!」
「私みたいな目と、こんな感じに身体から生えてるものを持ってる奴がいたの?」
「そ、そうだ。あの時の奴は、肩から生えていた――」
「羽赫かぁ。消耗が激しいから、すぐスタミナ切れちゃったんじゃない?残念だね、私のコレは鱗赫。攻撃力が高いって評判」

それに、と凛桜は言葉を続けた。

「君たち程度にやられたんじゃあ、その喰種は弱かったんだね。高く見積もってもCレートってとこかな?私を攻略したいなら、最低でも特等を1人くらい連れてきてもらわないと」
「C……レート……?」
「私のレートはSS。並の人間が敵う相手じゃないよってこと。それに、クインケも持ってないんじゃ話にもならないな」

つまらないな、と凛桜は零す。
久しぶりに赫子を出したが、相手に全く手応えがない。
封印したままでも良かったと思い始めていた。

「知ってることがそれくらいなら、もう用はないよ。じゃあね」

少女がそう言った後、べしゃ、と音がした。
足を切断された男が心臓を貫かれ、血溜まりの中に倒れ込んだ音だった。

「……残り5人か。呆気ないなぁ」



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