夕闇イデア

□T
2ページ/4ページ

「それで、話って?」

呼び出された理由を問うと、彼は人通りのない裏路地に車を停めた。

「僕のことは、あの少年から聞いていますか?」
「……あの少年って?」
「コナンくんのことですよ」

彼がいま安室透なのかバーボンなのかは、凛桜にとってはどうでもいいことだ。
だが、この男の目的をはっきりさせなければ埒があかない。
そこまで考えて、凛桜は両手を挙げた。

「私、腹の探り合いって面倒だから嫌いなんだけど。本題は?」
「率直な方だ……」
「君がねちっこいだけじゃない?」
「分かりました、単刀直入に言います」

わざわざ凛桜を呼び出し、二人きりで、誰にも聞かれることのない場所でする話。
だが、彼はコナンにそのことが発覚することを避けなかった。
つまり、二人で会うことを隠す必要はないということか。

「あなたは狙われている。身を隠すことをおすすめします」
「…………そう来たか」

どうやら、彼は本気で心配しているらしい。
ということはこれは安室透でもバーボンでもなく、本来の彼の方の言葉だ。
安室が正義感溢れる男であることは、見ているうちに分かった。
――向こうでも、何度か見かけたタイプだ。
自らの正義を信じ、信念のために闘う。
白鳩の中に何人も見た。
凛桜はその命を奪ってきた。
だから、彼が組織に潜入している、いわば正義側であることを確信していた。

(白鳩を正義だなんて言えないけど)

正義と正義が対立すれば、互いに互いを悪と見なす。
喰種と白鳩に限らず衝突する勢力同士は皆、そういう関係だ。

「狙われているって、誰に?」
「僕がいる組織に、ある依頼が来ました。内容は“白髪の若い女を見たら監視しつつ連絡してほしい”というものです」
「……それだけ?」
「ええ。当然、見かけて連絡したらどうするんだと聞き返しました。すると、奴隷のように働かせると。何か、心当たりはありませんか」

彼の今の話と、ヤモリのあの最後の言葉。

『君をそっちに送り込んだ、得体の知れない奴らが君を狙っている』

気をつけろ、と。
彼は確かにそう言った。

「他の幹部は呆れて僕に全部投げてきまして。報酬はまあ妥当ですから、断りはしなかったようですが内容が内容ですからね」
「……今時、奴隷ねぇ。頭がおかしい宗教団体か何かかな?」
「ほとぼりがさめるまで潜伏して、別の場所に移って髪を隠して生活すれば安全かと思いますが。どうします?」
「どうします?ってなにが。私は潜伏する気もこの髪を隠す気もさらさらないけど」

胸元の髪を指に絡める。
あのヤモリが得体の知れない奴ら、と言ったのだ。
それ相応の準備をして迎え撃たなければならないだろう。

「あなたは死んだことにして、匿ってあげようと思っていたのですが…」

凛桜の目が点のようになった。
珍獣でも見るかのように恐る恐る安室を伺うと、彼はそれこそ変なものを見たような顔をしていた。

「なんです、そんなに驚いて」
「いや……君にメリットがないし、わざわざそんなことをする義理もないよね。ほんとに怪しげな犯罪組織の一員なの?」

安室が瞬いた。
ほんの一瞬、じっと見ていなければ気付かないほどの間。
彼はしまった、という顔をした。
言葉を選び間違えたか、それとも。

「……参考までにその変な奴らってのがどんなのか教えてよ」

安室が何か言いかける前に、先手を打つ。彼は苦々しい表情を浮かべ、ため息をついた。

「分かりました。まず、そもそも彼らは何の組織なのかが不明瞭です。何を目的としているのかも、規模も、どこを拠点としているのかも未だ突き止められていない状況です」
「何もかも謎ってか」
「僕が調べても何も出てこなかった。分かりますか?こんなことはありえないんです」
「ありえないね」

言い切った。

「この情報社会で、何の手がかりも出てこないなんてことは、ありえない。何かトリックがある――そう考えてるんでしょ」
「ええ。接触してきたのは末端の人間です。情報を引き出そうと何度も近付いてみましたが、全く口を割らない。裏社会で探ろうにも特徴がないから調べようがない」
「ふーん……。ねえ、その人たちって白い服着てた?」

まさかCCGという可能性はないだろうか。
奴らならば凛桜の特徴は十分知っているし、探してほしいだけならば大きな組織に頼むのもまあ筋が通る。
相違点はいくつもあるが、可能性としては否定できない。
だが、CCGをよく知っているヤモリが、“得体の知れない奴ら”などと表現するわけがない。
ありえないか、と凛桜が思い直したところに安室は肯定した。

「着てましたよ」
「……え」
「白い服に何か心当たりが?」
「……いや、まさかね。どんな服?」
「研究者、といった感じでしたね。白衣も着ていましたし。国籍はばらばらだったようですが」
「うん、違う。よかった」

ほっと息を吐く。

「さっき、全く口を割らないって言ってたけど。そもそも知らないって可能性はないの?」
「知らない?」
「そう。雇われてるだけなら、命令を聞いていればいいだけでしょ。依頼してきたのも、その組織じゃなくて金で雇われてるだけの人だったら?」

裏社会にいた時、よく見た手口だ。
小さな取引や密売をする時は金で雇ったチンピラを使う。
彼らは雇い主のことは知らされず、ただ指示に従っていればいいだけの手下以下の人間だ。
言われた通りのことをすればいいので、チンピラも小遣い稼ぎ程度にしか思わない。万が一警察や敵方に捕らえられても大元を知らないので安心というわけだ。
要はトカゲのしっぽ切りである。

「それは僕も考えましたが、それにしては知りすぎているようなんですよ」
「知りすぎている?」
「ええ。雇われの末端なら、あなたを捕まえてこいと命令されるだけでしょう。今の僕のようにね」
「ちがうの?」
「はい。彼らはあなたのことを知っているようでした。あなたがどのような人物で、捕まえたらどんな利益があるのかを」
「……………………うーん」

凛桜を捕まえた時の利益。
純粋な戦闘能力なら、人間を超越しているだろう。
戦場にでも行けば活躍できること間違いなしの人材である。
だが、それは凛桜が喰種であると向こうが知っていることを前提としている。むしろそれ以外に思いつかないので、それしかないともいえる。

「こればかりは向こうから何かしてくるのを待つしかないな……」
「僕も今まで以上に探ってみます」
「うん、お願い。ああ、それとね」

凛桜がなんとなしに付け加えたその言葉に、安室はぎょっと目を見開いた。

「――1人だけ、その人たちの仲間を知ってるよ」



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ