夕闇イデア
□T
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結局、凛桜は食事をせずに伊豆高原へ向かった。
小五郎が運転するレンタカーの後部座席で、彼女は園子と蘭に挟まれていた。
なぜか目を輝かせている二人に困惑して助手席のコナンに視線を送るが、身長の問題で彼の足しか見えない。
「凛桜さんって、沖矢さんと住んでるんですよね!?」
「え?」
「付き合ってるの!?」
「……エエ?」
少女達の勢いに押され、凛桜の顔が引きつる。先ほど園子の恋人の話になったのだが、その流れだろうか。
テニスをしたことがないと言う凛桜に、スペシャルコーチがいるから大丈夫だ、その人とぜひ仲良くなって欲しいと爽やかに言ってきた彼女は一体どこに行ったのか。
そして十中八九、そのコーチとやらは安室のことだろう。
列車で凛桜が冷ややかな態度を取ったのを見て、お節介を焼いたのだと今さら気付く。
白目を剥いて気絶したくなったが、さすがに顔面事故すぎる。目を泳がせるだけに留めた。
「付き合ってないよ……」
「じゃあどういう関係よ!?」
「遠縁の親戚だよ」
口から出まかせを言う。
沖矢昴も凛桜も、社会的に存在しないものだ。
このくらいなら融通が効くだろう。
助手席にいるコナンも、工藤新一の親戚だとか言っているらしいし。
それに、警視庁の刑事に事情聴取された際に、「沖矢凛桜」だと名乗ってしまっている。
「フツー、遠縁の親戚と一緒に住む?」
「一緒に住んでるって言ってもそんなに会わないよ。生活リズムがまるで違うし」
昼前に起きてくる凛桜と、規則正しい生活をしている沖矢では当然顔を合わす時間が限られている。タイミングが悪いと1日中会わなかったりするくらいだ。
そう言うと、園子は不満げに唇を尖らせた。
「絶対、いかがわしいことしてると思ったのに!」
「分かってると思うけど他人の家だからね!」
コナンが助手席でむせている。
「あれ?でも、凛桜さんって中国の人なんですよね?」
「そういやそうだったわね。ハーフじゃないって言ってたけど……」
「ああ、それね」
なぜだか2人がはしゃいでいた案件である。
中国って日本でそんなに人気だったか、と首を傾げたものだ。
「私の母は日本人と中国人のハーフで、父は純粋な中国人。だから私はハーフじゃなくてクォーター」
「じゃあ、お母さんの方の親戚なんですね!」
「そういうこと。……なんでそんなにはしゃいでるの?」
「最近中国の俳優さんが人気だからじゃない?」
コナンが言う。
ハーフやクォーターも珍しいので、余計に興奮しているのではないか、と。
「中国の人って美人が多いじゃない?肌が綺麗っていうか…輝いてるわよね!」
「それは芸能人だからなのでは……」
「何言ってんの!凛桜さんも顔立ちは悪くないんだから、もっとお洒落すればいいのよ!」
「お化粧もしたらいいと思います!」
――助けてくれ。
女子達の勢いに着いていけず、凛桜はうろうろと視線を彷徨わせた。
「ちょっと着飾れば、沖矢さんだって振り向いてくれるわよ!」
「チャイナドレスとかどうですか?持ってるんですよね?」
「チャイナドレスは持ってないし沖矢さんを振り向かせようともしてないよ……」
裾の長いチャイナドレスは動きにくい。
スリットが入ってはいるが、伸縮性もないために戦闘向きではない。
「オイ蘭、凛桜さん困ってんじゃねェか」
「甘いわおじさま!凛桜さんはもっとお洒落するべきよ!今度買い物に行くわよ!」
「え、ええー……」
小五郎の助け舟が出るも、即座に園子によってその舟は破壊された。
凛桜が目を白黒させているうちに、車はいつの間にか伊豆高原へ到着していた。小五郎が駐車場に車を停めた後、全員が外に出た。
げっそりしている凛桜にコナンが哀れみの目を向けた。
「ちょっとは助けてくれてもいいんじゃない?」
「俺にあの間に入れってか?」
「あっひどい!見捨てたんだ!」
凛桜が膨れっ面でむくれる。
それでもどこか楽しそうなのは、同年代の少女達といることがやはり嬉しいのだろう。
朝に待ち合わせた時は顔色が悪かったが、今は頬を薔薇色にさせて笑っている。
トランクから荷物を下ろし、鈴木家の別荘に運び込む。
テニスウェアは園子のものを貸してもらうという話だったので、凛桜の荷物は少ない。
(手加減できるかなぁ……)
凛桜は未だにいまいち、人間相手の力の調整というものが分かっていない。
ヤモリの影響で喰種相手なら自由自在なのだが、とひとりごちた。
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