夕闇イデア
□U
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次の日。
窓から差し込む日光で目を覚ました凛桜は散歩を始めた。
基本的に彼女はアクティブである。
じっとしていることが苦手なわけではないが、ずっと同じ場所に引きこもっていられるほど消極的な性質でもない。
また図書館にでも行こうかと思い、なんとなく歩いていた。
覚えている道を辿りつつ、知らない道路にも行ってみようと何度か曲がる。
そうしながらぶらついていると、いつの間にか住宅街に入っていた。
車の通りもそこまで多くなく、静かな街だ。
図書館に行く以外には特に目的もないので探検してみようと思った時。
「あっ!お姉さん!」
マンションの玄関から出てきた少女が声を上げた。
少女といってもまだ幼い、小さな子供だ。
凛桜がきょとんとしていると、少女はパタパタと駆け寄り手を取ってきた。
驚いて見下ろす白髪の喰種に、少女はにこにこ笑う。
「昨日、図書館にいたでしょ?歩美、きれいな服だなって思って見てたの!」
「え、ああ……もしかして私の後ろに並んでた子?」
「そうだよ!」
歩美、と言った少女は目をきらきらさせながら嬉しそうにしゃべる。
また会えてよかったと興奮する少女のテンションに付いていけずに適当に相槌を打っていると、いつの間にか手を引かれて歩いていた。
「今から、少年探偵団のみんなと遊ぶの!」
「少年探偵団?」
「うん!お姉さんも一緒に行こう!みんなお姉さんのことが気になってるの!」
慣れない子供の相手に目を白黒させながらついていくと、公園に辿り着いた。
そこで待っていたのは、歩美と同い年ほどの少年が三人と少女が一人。
全員が凛桜を見て怪訝な顔をしている。
「コナンくん!お姉さん連れてきたよ!」
「―――ッ!?」
呼びかけられた眼鏡の少年がぎょっと目を見開いた。
妙な反応に眉を寄せた。
今のは警戒と驚きのもの。
昨日見かけただけの人物に向けるものではない。
「なぁに?みんなで私のことを探してたの?」
歩美の隣にいるそばかすの少年にことさら優しく話しかけると、彼は全力で頷いた。
「はい!あ、灰原さんはいませんでしたけど、昨日ずっと探してたんですよ!」
「どうして?」
「ねーちゃんが検索してた字の読み方が気になったんだよな!」
そのまた隣にいた少々太りすぎの少年が答えた。
まさか誰かに気にされるとは思っていなかったので驚く。
意外なところに伏兵がいたものだ。
「あれ……、なんて読むの?」
静かな声が耳を打つ。
見下ろせば、小学生にしてはやけに落ち着いた目をした少女がこちらを見ていた。
「喰種のことを言ってるのかな?」
「……やっぱりグールなのね」
「それっ、どういう意味?」
焦った顔の眼鏡少年が尋ねる。
子供相手だ。
語ったところで害はないだろうが、この少年の反応が気になった。
「なんだと思う?」
「そう聞くってことは、お姉さんは知ってるってことだよね?」
虚を突かれた。
まさかそんな返しをされるとは思わず、凛桜は瞬いた。
「まあ……、そうだね」
随分と口が達者な少年だ。
茶髪の少女といい、最近の小学生はこんな大人びた子が多いのか。
大人を相手にしているような感覚である。
「お姉さん、時間ある?」
「あるけど……?」
今度はなにを言い出すのか、とつい胡乱な目で見てしまう。
「お昼、僕たちと食べようよ」
断固拒否だ。
絶対に行かない。
人間の食べ物なんて口にしたくもない。
口元を引き攣らせながら、首を振った。
「遠慮しておくよ。君たちの親御さんに迷惑だからね」
「大丈夫だよ。多く作りすぎたって言ってたから」
「さっき食べたばっかりだからお腹空いてないの」
「運動したらお腹も空くよ!僕達と遊ぼう」
どうやらこの少年は、何が何でも自分をどこかに連れて行きたいらしい。
押し問答を続けていると、茶髪の少女がメガネの少年にぼそりと話しかけた。
「……なにをそんなに意地になってるのよ」
「いや、昴さんが……」
生憎と耳がいいので丸聞こえである。
昴、とかいう人物が裏で糸を引いているようだ。
「歩美、お姉さんともっとお話したい!」
「ええ……?私面白いことなんて言えないよ」
明るい歩美の声に、凛桜は困惑する。
「お姉さんといたら楽しいから、大丈夫!」
弾けた笑顔に、気圧される。
眩しい。
思わず目を細めて少女を見ていた。
全く邪気のない彼女といると、こちらまで気を抜いてしまいそうだ。
久しぶりのその感覚に、瞳が揺れる。
「……じゃあ、お邪魔しようかな」
気付けばそんなことを口にしていた。
昴という人物も気になることだし、と自分に言い訳をする。
「お話するなら家の中がいいよね!」
「そうね。少し早いけど、博士の家に行きましょう」
また、この幼い少女に流されたと思った。
けれど、不思議と後悔も不快も感じなかった。
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