夕闇ポップス
□第4話
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それから2時間ほど経ち、空に僅かながら白い光が差し始めた頃。
「一体何の騒ぎ?わざわざ私を呼び出すなんて」
スーツに身を包み、胸元を大胆にさらけ出している女が現れた。
団員の一人、パクノダである。
彼女はアジトをぐるりと見渡しクロロを見つけると、真っ先に足を向けた。
そして先程の台詞である。
そんなパクノダの視線は今、凛桜に注がれている。
その凛桜は自らの腕を枕にし、瓦礫の上で丸まって寝ている最中である。
彼女は赫子で拘束している男達にちょっかいを出した後(何人か死んだ)、欠伸をして眠りについた。熱の原因はやはり彼らだったので体は健康体に戻ったが、疲れていたのだろう。警戒もせずに熟睡している。
「リオウだ。初めに言っておくが、人間ではない」
「人間じゃ、ない?」
「初めはコイツの正体を知るためにお前を呼んだんだが、それは詳細まで分かったからな。…こう質問しろ」
『――、―――?』
「団長―――」
誰かが咎めるかのように呟く。
たった一言、それだけで。
凛桜のすべてが暴かれる。
……凛桜の言動には、ムラがある。
のらりくらりしているかと思えば粗暴になったり、どこか大切なネジが数本外れたようにおかしくなったり。
多重人格とまでは行かないが、ひどく不安定だ。
野放しにするには危ない代物だと、クロロはすぐに判断した。
今まで無事に生きてこれたことが不思議に思えるほど、凛桜はおかしかった。
彼女は、諸刃の剣だ。
そして、それを自覚していないことが何よりも問題だった。
じっと見遣ると、凛桜はもぞもぞと動いた。
かけられていた毛布が落ち、むき出しの足が露わになる。
むくりと起き上がった彼女はクロロと目を合わせると、次いでパクノダの方を見た。
そして、
「……ないすばでー」
それだけ言うと、パタリと倒れ伏した。
「いや、リオウ。起きてよ」
シャルナークが凛桜を起こしにかかるが、べしんと手をはたかれる。
白い頭がふるふる動き、長い袖で顔が隠された。
「……やーん、えっちー」
「何言ってんの!?」
チラリと袖の間から目を見せ、棒読みで言った凛桜だが、これには周囲が口を出した。
「おい、やめてやれよ」
「そうだよ、嫌がってるじゃないか」
「シャル、離れろ」
「何で!?」
上からフィンクス、マチ、クロロである。
三人から口々に責められ、シャルナークは憤慨した。
真っ当なことをしたというのに、この仕打ちはないだろう。
しぶしぶ凛桜から離れたが、納得できない表情である。
「……まあ冗談は置いといてだね、私君たち全員の名前をまだ知らないんだけども」
コロコロ転がり、仰向けになった凛桜が瓦礫の上で首からを垂らす。
ふぁあ、と大きく欠伸をするとぐてんとまた力を抜いた。
「寝てばっかりだったから調子が狂う……」
「調子狂ってるのはこっちだよ……」
シャルナークはがっくりと脱力しきり、凛桜の横に座った。
「みんな盗賊なの?」
「ああ。全員揃ってないが、そうだ」
ふぅん、とさして抑揚のない声。
そんな凛桜に、今度はクロロが尋ねた。
「喰種の組織はあったのか?」
ぴくりと凛桜の指先が動く。
ゆっくりと起き上がると、彼女はクロロと向かい合った。
「あるよ。東京の区域でそれぞれ派閥があったし、その他にも色々組織があった。私はどこにも所属してなかったけどね」
「何故だ?」
「団体行動が苦手なのさ。何回か勧誘はされたけどね、私の言動を見て皆引き下がったよ」
喰種が引くほど何をしたというんだ―――。
そんな空気になったが、誰も何も言わなかった。
言わなかったにも関わらず、凛桜はその答えをさらりと口にした。
「まあ、自分が喰われる危機となったら逃げるよね」
うふふ、と凛桜が笑う。
愛嬌があるのに、全く可愛いと思えない。
「……いや、待ってよ。喰種って人間しか食べれないんだよね?」
「んや?そうは言ってないよ」
そういえば、彼女は侵入者と対峙した時、こう言っていた。
“やっぱ良質な人間がイチバンだよねー。喰種はゲロ不味くて飽き飽きしてたところなの ”
凛桜は――否、喰種は。
同種をも、喰らう。
目を瞠ったシャルナークに向かって、凛桜は微笑みかける。
「喰種はね、種を喰らうって書くの」
同種を喰らえば、強くなれる。
その代わり、必ずどこか破錠する運命。
「私たちは、自分さえ良ければ他はどうでもいい生き物だよ。喰種が殺されようが人間が滅ぼうが、自分の好きにできるならなんだっていい。最期まで自分勝手な奴なんだ」
まるで誰かを語るような口振り。
存外彼女は、関わりに飢えているのだろう。
自らの持つ棘のせいで、他者に近付けないから。
だから、シャルナークは凛桜に笑い返した。
「人間も、そうだよ」
ほんの少しの悪意と、好意を混ぜて言い放った。
数拍後。
「そうだね」と呟いた彼女は、もう笑ってはいなかった。