夕闇イデア

□小悪魔ロンド
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※完結後の話。


明るい茶色の頭と白い毛先が特徴的な少女が、ポアロの入口に立っていた。
吊り目がちの目がくるりと動き、店内にいた安室を捉える。
互いに何かを言うでもなく、彼女はカウンター席へと直行した。
椅子を引き、腰掛ける。
接客を終えて近寄ってきた安室に一言、凛桜は単語を投げた。

「コーヒー」
「知ってますよ」

ふ、と笑いながらそう言えば、彼女も満足気に目を細めた。

「どうしたんです、その髪?」

色のことではなく。
きれいにふたつに編まれた凛桜の髪に気付き、安室は珍しいと思いながら問いかけた。
なんとなく、彼女が上機嫌に見えるのはその髪型のせいだろうか。

「沖矢さんがしてくれたの。似合う?」
「……ええ、とても」

赤井(に違いない輩)が少女の髪を弄る光景は全く想像できないが。似合っているのは本当なので、若干の間を置きながらも安室は頷いた。
凛桜はくるんと外側に跳ねている毛先を弄り、満足そうに笑った。
この少女にあの男の真相を問い詰めても良かったが、はぐらかされた挙句嫌がらせで心中を引っ掻き回されそうだ。
藪蛇はつつかない方が断然良い。

「髪ね、切ろうと思って」
「いいじゃないですか。随分伸びてますし」
「向こうで半年くらい過ごしてたからね」

背中あたりだった白髪は腰に届くほど伸び、茶色の面積も耳まである。

「どのくらい切るんですか?」
「肩くらいまでかな」
「おや、長い髪は見納めですか」

話をしながら入れていたコーヒーをカップに注ぎ、彼女に出す。
凛桜は嬉しそうにそれを受け取った。

「……私の正体、明かさなくていいの?」

一口飲み、凛桜は僅かに出した舌で唇を舐める。
からかうでもなく、挑発でもない。
ただ思ったことを口にしただけ。

「“誰に”明かすんです?」

人間の天敵。おぞましい怪物。化物。
この少女が喰種だと、この世界の誰が信じるだろうか。
人畜無害そうな形をして、ヒトと殺戮を繰り広げていた、などと。

「探偵は観客がいなくても、そこに犯人がいれば謎解きショーをするものでしょ?」
「あなたを裁くのは僕の仕事(すること)ではありませんよ」

少女は無邪気な笑顔の裏に、仄かな毒を潜ませる。
いくら吹っ切れたと言えども凛桜は凛桜だと安室は苦笑した。
彼女は誰かに裁かれたいと願っているが、周りの人間には何もできない。

「それに、僕は知らない方がいいんでしょう?」

望み通りの展開にならなくとも、凛桜は機嫌を損ねたりはしなかった。
気まぐれな猫のように悠々としている。
出会った頃は警戒心と棘の塊のようだったのに、と安室は密かにホロリとした。
たまにお下げ髪を摘んでは数秒間じっと眺めているのを見るに、それなりに気に入っているようだ。
失踪事件後も何度か蘭や園子と一緒に買い物に行っていることから、お洒落に興味があることは明白。
それは、凛桜が向こうでは得られなかったものだ。
親愛、帰る家、警戒しなくていい周囲。
髪を編んでくれるような人もいなかったのだ、彼女には。
テーブルの下で足を揺らしているのか、凛桜の上体が軽く揺れている。
どうやら、それなりどころか相当お気に入りらしい。
顔には全く出ていないところに彼女らしさを感じ、安室は眉を下げた。


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