夕闇イデア

□U
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「……へー、SSレートに繰り上げられたってのは本当だったんだ。赫子の質が違うね」

捜査官とアオギリの戦闘を客席の隙間から眺め、凛桜が楽しそうに言った。
捜査官は捜査官とも思えぬ格好をしていた。
膝上のワンピースを纏い、顔には赤い刺繍のようなものがある。
人形のような顔立ちの少女――否、少年だろうか。
身長は平均的な女性ほど。
何本ものナイフをアオギリに投げ、見事な身のこなしで彼の攻撃を避けている。
そのアオギリは、黒い兎の面をつけていた。
遠目でもわかるほど鍛えられた身体をしている。
どちらもまだ若い。歳は凛桜と同じくらいだろう。

「……鈴屋」

捜査官を見て、凛桜が低く呟いた。
感情を無理矢理押し殺したような声だった。
アオギリが宙へ飛び上がり、凄まじい量の赫子を撃ち出した。
身軽にそれをかわし、捜査官――鈴屋がカツラを取った。
ぼさぼさの頭が現れたが、やはり中性的な外見をしている。
そこへすかさず攻撃が繰り出されていく。

「……曲芸師のようだな」

ひらひら舞うような動きの鈴屋に、感嘆の声を上げた。
凛桜と相打ちで死んだ捜査官達とは随分と毛色が違う。

「そういえば体調はいいのか?」

隣の凛桜に尋ねる。
じっと戦闘を見ていた彼女は訝しげに赤井の方を向いた。

「体調?」
「向こうでは意識不明だと言っただろう?何かおかしなことを体感したりはしていないか」
「……こっちで気がついた時、確かに私は重傷だったけど。もう数ヶ月も前の話だよ。ちゃんと喰べてるから体調は万全」
「身体が透けたりはしないか?」

開きかけた凛桜の口が、ぴたりと止まった。
黙り込む少女に、赤井は確信を持って言った。

「心当たりがあるようだな」
「……知人が言ってるのを、耳に挟んだだけなんだけど。身体がブレる、存在感が薄いって」

やはり、と赤井は拳を握った。
ここにいる凛桜は恐らく、彼女の意識だ。
既にこちらで死亡していた弟の蓮は向こうでの存在は薄かったが、身体がブレたりはしていなかった。
凛桜は向こうからこちらへ来たが、身体は向こうで眠っているだけで生きている。
こちらとの時間のずれ――向こうでは1年にも満たない期間がこちらでは3年経っていることにより、ただでさえ曖昧な存在がその矛盾に左右されているのではないか。
そのずれが今後、彼女にどんな影響を及ぼすか分からない。
世界を跨ぐという、どう考えてもありえないことをしているのだ。
早く連れ戻すに越したことはない。

(記憶がないのもそのせいか……)

疲れた、と言って凛桜は眠った。
あの雨の中、彼女の心が壊れた音を聞いた。
……いや、もう既に壊れていたのかもしれない。
割れて散った欠片を集めて守っていたのに、それさえも破られて。
とうとう耐えきれなくなって、逃げるように眠った。
――逃げるように、こちらへ帰ってきた。
向こうの出来事を何ひとつ覚えていないのは、逃げるきっかけとなったあの事件を消し去りたかったため。
けれど彼女は、弟が死んだことを受け止めていた。
こちらで現実を受け止めて乗り越えたのか、それとも考えないようにしているのか。

「……っねぇ!」

揺さぶられ、赤井は凛桜を見た。
焦ったような彼女に、何事かと瞬く。

「透けてるんだけど……!」

指を差され、赤井は自分を見下ろした。
確かに透けている。
どうやら、ここにいられる時間は限られているようだ。

「……参ったな。一緒に帰るつもりだったんだが」

自覚した途端、透明化する速度が早まった。
急速に薄れる視界と遠のく意識の隅で、凛桜の声を拾う。

「…待っ……!……なたの名ま……聞…て……な……」

ブツンと大きく、古いテレビの電源が切れたような音がして。
気がついた時には、眠る凛桜の枕元でぼんやりと座っていた。

「……これは―――」

まるで白昼夢だ。
凛桜を見てみると、僅かだが頬に赤みが戻っていた。
自分が行ったのは、どうやら無駄ではなかったらしい。
しばらく考え込んでいるとチャイムが鳴った。
1階に下りて玄関に向かうが、着く前に鍵が外から開けられた。
これができる人物は限られている。
焦っているのか、慌ただしく扉が開かれた。

「ボウヤ」
「大変なんだ赤井さん!いま凛桜さんに……!僕、向こうに行ったんだ!」

混乱しているのか、コナンの言葉は支離滅裂だ。
見た目相応になっているなと呑気なことを考えながら、上がるように促した。

「俺も会った。オークション会場か?」
「オークション?道端だけど……」

コナンはきょとんとした。

「……なるほど。時間のずれ、か」

ふと、彼のことを思い出す。
あの現場を目撃したもう1人。
安室もまた、凛桜に会ったのではないだろうか。
蓮と捜査官達が凛桜に引っ張られてこちらに来たのなら。
その逆も然り、ということだ。

「ボウヤ、あとで彼にコンタクトを取ってほしい」

誰なのかを瞬時に察した少年が、深く頷いた。

凛桜が起きる時は近いと、彼らは確信していた。



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