夕闇イデア

□T
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昼が過ぎ、空が赤くなってきた時刻に凛桜はまた目を覚ました。
相変わらず現実味のない感覚に頭を揺らし、周りを見る。
そこは変わらず、董香と四方の店にある部屋だった。
眠る前と何も変わらない。
どうやらここが現実らしいと結論づけ、凛桜は立ち上がった。
綺麗に包帯の巻かれた腹をさすり、考える。
誰かに手当をしてもらったような気がする、とぼうっとした頭を傾げた。
寝ている間に董香がしたということではなく。
誰かと会話をしながら、これと同じ腹と胸の傷の処置をしてもらった。

(――あれは、誰?)

顔どころか存在さえよく思い出せない。
喰種だったのだろうか。
それとも裏社会の人間?
この傷は新しいものだ、辺りを探せば見つかるかもしれない。
思い立ち、扉を開けた。
外へ出るには店の出入口を通るしかない。
真っ直ぐにその方向へ向かおうとした時、ちょうど扉が開いた。
入ってきたその人物を見て、凛桜は目を見開いた。

「この薫り……この店は絶対美味しい珈琲を出してくれる……!僕の鼻赫子がそう囁いているよ!」

聞き覚えのある声。
優しそうな顔。
違和感は白と黒の混じった髪と、その服装。
CCGの制服を着た、金木研が。
部下らしき2人の少年を連れて、そこにいた。

(カネキ、くん……?)

疑念が渦巻く。
青年は確かに金木だった。
だが、凛桜の知る金木とはどこかが違った。
目が合い、彼は怪訝な顔をした。
それを見た凛桜は視線を外した。
今の彼が以前の彼とは別人であることが分かったからだった。

「ちょっと兄さん!お客さん来たら挨拶してって……」

奥から董香が現れた。
彼の意識が凛桜から董香に向く。
彼女を見て、彼は僅かに表情を変えた。

「何度も……」

彼を見て固まっている凛桜と四方と同じように、董香も動きを止めた。
瞳を揺らし、動揺を見せたが彼女はすぐに立ち直った。

「席…こちらへどうぞ」
「あっ、ハイ……。あ、珈琲を3つ……」

彼の反応に、凛桜は微笑した。
何か思い出そうとしているのか、それとも董香に見惚れただけか。
まるでリゼを目の前にした時の金木だ。
外に行こうとしていた足を戻し、カウンターへ向かった。
俄然、彼に興味が湧いたのである。
野次馬の気分で凛桜がカウンター席に座ると、今度は四方が動いた。
何をするのかと様子を伺う。
彼の座るテーブルへ一直線に向かい、四方はドカッと彼の向かいに腰を下ろした。
彼がぎょっと身を引いた。
困惑する部下2人のことは構わずに、四方はじっと彼を凝視している。

「……??」
「あの……?」

おいおい、と凛桜は冷や汗をかいた。
見た目は金木といえど、格好はCCGである。
匂いで喰種だと発覚すれば終わりだ。

(カネキくんって、鼻良かったっけ……)

凛桜が知る限りではそんな素振りはなかった。
すん、と凛桜は軽く鼻を啜った。
彼が連れている2人の少年に何か引っかかりを感じたからだ。
明らかに人間の匂いだが、若干、喰種が混じっているような――気がする。

(……まさか)

ぎゅっと眉を寄せる。
金木研は、リゼの赫包を移植された『元』人間だ。
その彼が全てを忘れてCCGで捜査官をしているということは、CCG側が彼の身体のことを知っていることとイコール。
人間の喰種化が可能であること、そして戦力になることを知ったCCGがそれを実践してしまったのだとすれば。

(なんて――愚かなことを)

侮蔑と哀れみの目で2人を見た。
CCGであるということは凛桜の敵だが、身体を弄られたことには同情を禁じ得ない。

「……相変わらず趣味が悪いな、和修は」

彼らに聞こえないように囁き、戻ってきた四方と董香を見上げる。

「シャワー借りていい?」
「……ああ」
「ちょっと、傷が開くよ」
「だってしばらく入ってな――」

自分の言葉にまた、困惑する。
こめかみを押さえてため息をついた。

「……ゆっくり休みなよ。着替え、貸したげるから」

背中に董香の手が触れる。
立ち上がり、凛桜はふらりと奥へと消えていった。
珈琲を入れながら、董香は四方に言った。

「……あいつ、たまに身体がブレるの。気付いた?」
「……ああ。存在感が薄いな」

蜃気楼のように、そこにいるのにいない。
否、いないのにいるのか。
3年前から姿の変わらない凛桜。
今年で21になるはずなのに、18の少女のままに見える。
目を離せば消えてしまいそうだ。
年上のはずの少女を思い、董香は息を吐いた。



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