夕闇イデア

□W
3ページ/3ページ

「先の戦闘で、お前の赫包はもう使える状態ではないはずだ。接近戦が苦手なお前はもう獲ったも同然だな」

言葉で追い詰めようとしているのか、捜査官は薄笑いを浮かべてそう言った。
それを冷ややかに流し、凛桜は彼の攻撃をさらりと避けた。

「やだなー、ちゃんと私のこと調べたの?」
「は?」
「私の赫包は4つ。たかが1つ使い物にならなくなったくらいで、赫子を出すのに特に支障はないよ」

違う形状の赫子が凛桜の腰から伸びる。
くすくすと馬鹿にしたように相手を笑い、少女は指を鳴らした。

「な―――ッ」
「貴様、共喰いを……!」

愕然とする1人の捜査官を薙ぎ払い、赫子を叩き込む。
数度痙攣した後、彼は動かなくなった。

「――横山!!」
「貴様ァァ!!!」

凛桜は激情のまま突っ込んでくる2人から距離を取るが、背後から挟まれている上に路地は細い。
仕方なく近距離で赫子を使い応戦するも、後方からの射撃が足に当たった。
少しバランスを崩しながらも、凛桜は的確に捜査官2人の眉間を貫いた。

「く……ッ」

凛桜は立て直そうと踏ん張るが、足と胴に力が入らない。
そして、その隙を逃すようなCCGではない。
仰向けに倒れていく凛桜目掛けて、クインケが振り下ろされる。

「んな、簡単にやられてたまるか……!」

凛桜は半ば意地で赫子を伸ばした。
狙いも方向も滅茶苦茶だったが、それは捜査官の左腕を切り飛ばした。
背中を地面に打ち付け、衝撃に響いた痛みで目の前に火花が散った。
なんとか起き上がるが、既に息が上がっていた。
蓮も倒しあぐねているようで、苛々している。

「……しぶといね、上等」

片腕を失ってもなお、その捜査官はクインケを離さなかった。
地面に倒れ、動かない捜査官は3人。
まだ半分以上残っている。

(状況から見て、奴らはこれで全員。増えることはないから、まだいけるか……)

あまり傷に響く動きはできないが、いつものように遠距離での攻撃もできない。
軽傷ならば身軽さを利用して動くこともできたのだが、と凛桜は苦々しく舌打ちをした。

「ほんと、遠慮なくぶち込んでくれちゃって……。やりにくすぎ」

双方は睨み合い、先に凛桜が動いた。
腕を切り落とされた捜査官に向かって赫子を飛ばす。
残された右腕のみでクインケを操り、彼は凛桜の赫子を弾き返した。

「チッ……」
「しかし懐かしい。9年前、同じようにお前達と対面したな」

凛桜を見下ろし、彼はまた薄く笑った。
姉弟は息を呑み、捜査官を見た。

「あの時、お前は弟を見捨てた。今回はどうだ?怪我をして足手まといなお前が、弟に見捨てられるかな?」
「お前―――、あの時の……!」
「ああ。当時私はまだ新米だった。衝撃的だったさ。まさか弟を見捨ててまで逃げる姉がいるとはね。……いや、」

せせら笑い、捜査官は蓮を見遣った。

「まさか、弟を見捨てるふりをして本隊を引きつけるための囮になるような馬鹿が、喰種にいるとはね」
「――――!」
「11区に根城があった喰種組織の掃討のついでに、近くで群れていた子供の喰種を駆逐するための作戦だったが……。お前達はそれから見事に逃げ切った。特等捜査官がいたにも関わらず、まだ10にも満たないような子供が」

だが、と彼は続けた。
片腕を失ったとは思えぬほど饒舌に、楽しげに、彼は語る。

「20はいたかな、あの子供たちは。お前達を除く全員を殺せた。生き残った気分はどうだ?さぞかし楽しいだろうな、喰種ども」

――9年前。
裏社会の仕事から帰ってきた凛桜を待っていたのは、大切に守ってきた子供達の死体だった。
そして、次々にその死体を増やしていくCCGの捜査官たちだった。

「……なるほど。仇討ちできるってわけだ」

憎しみと怒りを赫眼に宿し、凛桜は捜査官を睨む。
失った仲間の顔を、今でも覚えている。
まだ赫子も出せないような、幼い喰種ばかりだった。
凛桜が一番歳上で、親を亡くした子供達で集まってこっそり暮らしていた。
守ってやらなければ、すぐに死んでしまうような年頃の子ばかりだ。
蓮も当時はたったの5歳だった。
本隊が来てしまえば弟諸共死んでしまう状況で、凛桜は賭けに出た。
見捨てたふりをして本隊を引き付け、その間に蓮が逃げ出せれば上々だと。

「……一番無残に殺してあげるよ、下衆野郎」

凛桜は冷ややかに笑ってみせた。


.
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ