夕闇イデア

□V
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眉を寄せて凛桜を見た少年が、ふっと警戒を解いた。
探るように安室とコナンを見遣り、彼は凛桜を睨む。

「……知り合いかよ」
「そうだよ。間違っても赫子で攻撃しないように」
「チッ……」

蓮が忌々しそうに舌打ちをする。
安室は上着を脱ぎ、凛桜の肩にかけた。
膝を着き、背を向ける。

「乗って下さい。病院まで連れていきます」
「病院行っても治らないよ。……というか、早くここから離れた方がいい」
「ああ。近くに奴らがいる。今はそいつの索敵も鈍って役に立たないからな」

凛桜は素直に安室の背にもたれた。
身体を持ち上げ、負ぶさると彼女は小さく笑って謝罪を口にした。

「……ごめんね。服、汚れるね」
「自分の心配をして下さい……!」

凛桜の細く荒い息に、心臓がいやに波打った。
こんな時でも飄々としているせいか、目を離せばどこか遠くへ行ってしまうような錯覚に陥る。

「探偵事務所に行こう!小五郎のおじさんは夜まで帰ってこないし、蘭姉ちゃんも部活で遅くなるらしいから!」
「ああ!……君はどうする?」

安室は少年を振り返った。
鋭い目つきで不機嫌そうにまた舌打ちをし、彼は一歩コナンの方に歩み寄った。

「……後ろから付いていく。狙われてるから、離れていた方がいいだろ」
「そう、だね。街中では仕掛けてこないとは思うけど」

途切れ途切れに声を紡ぎ、それでも凛桜は苦しそうな表情を見せない。
平気な顔をして、蓮を見ている。
それが気に入らないのか、それとも別のことで苛立っているのか。
蓮は一向に腹立たしげな雰囲気を崩さない。

「行きましょう。一刻も早く手当てしないと」
「大丈夫だよ、数日もったんだから」
「……うち3日は昏睡状態だっただろ」
「蓮、うるさい」

口喧嘩のようなものを始めた2人をよそに安室は歩きだした。
今すぐにでも応急手当をしたかったが、追われているのならば優先すべきは逃げることだ。
できるだけ傷に響かないように配慮しながら、早足でその場を立ち去った。
気配を隠しながら、蓮もそのあとを追った。

「……仕事はいいの?」

安室の横を歩くコナンに、凛桜が問いかけた。
どこか申し訳なさそうなその目に、コナンは彼女が状況を全く理解していないことを悟った。
そして同時に、赤井との会話を思い出した。
ありふれた情に疎い凛桜は、自分が失踪すれば身近な人間が心配するとは考えない。
そういった発想自体思いつけないのかもしれないという予測は、当たっていたのだと。

「凛桜さん、僕達は凛桜さんを探しに来たんだよ」
「……………………?」

顔見知りのはずの少年が難解な言語をしゃべった、とでも言いたげに凛桜は変な顔をした。
その反応に安室とコナンは重い溜め息を吐いた。

「なにその溜め息」
「もう、本当にあなたという人は……」
「元気になったら覚悟しておいてね、凛桜さん」
「ええ……?」

困惑しきりの凛桜は、本当に理解していない。
いい機会だと言った赤井に同意である。

「あなたが心配で、ここまで来たんです。なんでも1人で解決しようとしないで、少しは頼って下さい」
「でも、」
「言い訳は聞きません。あなたは周囲に心配されることを覚えた方がいい」
「…………心、配」

なんだそれは、という風な呟きだった。
彼女とは価値観がまるで違うことは分かっている。
だが、死にに行くような、こんな無茶をするようなら黙って見ているわけにはいかなかった。

「あなたはまだ未成年。守られるべき対象です。これを機に、大人を頼ってみたらどうです?」
「………未成年って、人間関係の決まり事でしょ。私には関係ない。今さら、守られるような弱者でもない」
「本気で言ってるんですか、それは?」

安室の声が低くなった。
明らかに怒気をはらんだそれに、凛桜は訝しげに眉を寄せた。

「なに怒ってんの?まさか、私に保護者の庇護下に置かれろとか言う気?」
「あなたは少なからず人間社会に溶け込もうとしている。それでいて、自分に都合の悪い人間社会の決め事からは目を背けている」
「それで社会に何か迷惑でもかけた?私1人消えたくらいで、何の悪影響もないでしょ」

先程、安室は凛桜のことを未成年だと言った。
だが、子供だとは言わなかった。
それは彼女の思考が既に成熟し、合理的かつ理性的であるからだ。
迷惑、悪影響といった発言もそんな考え方からきている。

「あのね、凛桜さん。僕達は凛桜さんが怪我したりいなくなったりすれば心配するよ。探偵団や蘭姉ちゃん達も、赤井さんや沖矢さんも全員。これは社会に迷惑だとか悪影響だとか、そういうことじゃないんだよ」
「…………わからない」

凛桜は(かぶり)を振った。

「心配ってなに?コナン君が何言ってるのか、全然分からない……」

数度咳き込み、凛桜が身体を丸めた。
安室の肩に額を押し付け、微かな声で囁いた。

「私に、そんな資格はない……」




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