夕闇イデア

□X
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この煙が罠だと読んでね、と扉を閉める音と共に女が言った。
コンタクトレンズを取りながら、凛桜はそれを聞いていた。
キッドも有希子も心配だが、彼女は何もせずにはらはらしているような性格はしていない。
首元にあった変声機は、既に外して鞄の中に突っ込んでいる。
常に気配の位置は把握している。
そこに、馴染んだ気配が近付いてきた。
再び立ち上がり、今度は凛桜から扉を開けた。

「やほ」
「ああ」

短く言葉を交わし、凛桜は沖矢昴の変装を解いた赤井を部屋に招いた。
服装は沖矢の時のままである。

「うーん、その服装似合わないね」
「そうか?」
「その帽子、世良ちゃんの?」
「ああ。これが終わったら返しておいてくれ」
「もー、ほんと喰種(ひと)使いが荒い」

イヤホンの向こうでは、ベルモットが有希子の声で何か喋っている。
微かにコナンの声も聞こえてくる。

「……計画通り、と。2人も移動を始めたよ」
「お前は本当に便利だな」

感心した様子で言う赤井が扉へ向かう。
単なる時間調整のため、彼は席に座らなかった。

「喰種がみんな索敵得意とは限らないから、運が良かったね」
「ああ、味方で良かったとつくづく思うよ」

その賞賛の言葉に凛桜は目を丸くさせた。
ぱちぱち瞬いた後、彼女は素直に礼を言った。

「そりゃどーも……?」

ふっと微かに笑い、赤井も煙の先へ姿を消した。


そして、時間にして数十秒後。
ドン、という爆発音が鼓膜を揺らした。
凛桜は窓に駆け寄り、外を伺う。
そしてもうひとつ、先ほどよりも大きな爆発音が響いた。
つい数秒前に通り過ぎた橋の上で、貨物車が木っ端微塵に弾け飛ぶのが見えた。
イヤホンを外し、戻ってきた赤井を迎え入れる。
投げて寄越してきた帽子をキャッチし、指でくるくる回す。
そのうち有希子が彼に変装を施しに来るだろう。
彼女のいる場所まで戻るのが一番早いのだが、赤井はおいそれと素顔を晒して歩けない身だ。
凛桜は部屋に隠しておいた変装道具を取り出し、赤井に渡した。

「じゃ、私は哀ちゃん迎えに行ってくるね」
「ああ、頼んだ」

まとめた荷物を持ち、凛桜は赤井に手を振って部屋を後にした。
目指すはすぐ近くの部屋――7号車のB室。

「大丈夫?」
「……大丈夫に見える?」

気配なく体を滑り込ませた凛桜を見て、哀がビクリと肩を揺らした。
因縁の組織との騙し合いをさせられた上に、死体と二人きりで狭い部屋にいたのだ。
しかも彼女は今、風邪気味でもある。
相当気が滅入ったらしく、哀は深い溜め息を吐いた。

「そろそろ停車するみたいだし、行こうか。寝てていいよ」

見るからにぐったりしている哀にそう言うと、彼女は珍しく素直に頷いた。
すぐに眠りに落ちた少女を抱え、廊下に出る。
未だに煙が充満しているそこを突っ切り、前の車両を目指す。
6号車、5号車と移動していくと阿笠博士と(年齢を詐称していない)子供三人を見つけた。
歩美がすぐに哀を抱いている凛桜を見つけ、声を上げた。

「凛桜お姉さん!」
「おお、哀くん!」
「7号車のB室で見つけたよ。トイレの帰りに、風邪で目眩がして休んでたって」
「7号車のB室って死んだおっさんの部屋か?」
「無事で良かったです!」

口々に騒ぐ彼らを静かにするよう宥め、阿笠の背に哀を乗せる。
ちょうど駅に到着したらしい。数時間ぶりに、電車が停止した。
ぞろぞろと出ていく客に混ざり、世良を探す。
蘭と園子、そしてコナンの後ろで何か考え込んでいる彼女がすぐに見つかった。

「世良ちゃん」
「……あ、凛桜さん」
「廊下で帽子拾ったんだけど、これ君の?」
「あ、うん……」

帽子を渡すと、彼女はさらに難しい表情で黙り込んだ。
眉を寄せる世良を横目にコナンを見下ろす。
安室と見慣れぬ金髪の女の視線を感じたが、凛桜は素知らぬふりをして黙って歩いた。
計画はうまくいったが、謎ができた。

――なぜ彼らは、凛桜を見て驚いたのだろうか。

通話を終えたコナンが振り返り、凛桜と目を合わせる。
悪戯が成功した子供のような顔で不敵に笑う名探偵に、思わず凛桜も笑ってしまった。

今は、この小さな少年たちを守ることに徹しよう。
そう決意し、凛桜は頬を緩ませたのだった。



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