夕闇イデア

□W
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「アドレスを交換しないか」としつこく追撃してくる安室を「携帯を持っていない」とかわした、10分後。
部屋まで子供たちを送り届け、適当な理由をつけて凛桜は沖矢と彼女の元へ移動した。

「な〜にが、“天は我々に味方しているようですね”だ!私には災厄が降り掛かってるんだけど!」

凛桜はすっかり怒り心頭である。
少女は眉をつり上げて沖矢を睨んでいた。

「おや、聞こえていましたか」
「普通に聞こえるわ!」
「しかし、まさか彼があなたを知っているとは私にも予想外のことですね。何か心当たりは?」
「ない!」

あくまで冷静な沖矢の奥で、彼女――有希子がコロコロ笑った。

「凛桜ちゃんは耳も良いのね〜」
「うぅ、酷い目にあいました」

めそめそわざとらしく嘘泣きをする凛桜だった。
余談だが彼女は演技が下手である。
それっぽく振る舞うのはできるが、台詞を用意されると棒読みで言ってしまうタイプだ。

「だが、これで警察が来れば奴らも簡単には手出しができなくなる。良かったですね、凛桜」
「何も良かない。私は心に傷を負った」
「まあ!凛桜ちゃん、可哀想に」

ぶすっとしたままの凛桜は窓の外を見る。
列車は先程からスピードを緩めることなく、ずっと走り続けている。
ちょうど駅のホームを通過したところで、あれ?と声を上げた。

「全然止まらないよ。最寄りの駅に停車するんじゃなかったの?」
「計画続行ですね」
「じゃあ、始めましょうか!」

うげ、と凛桜は顔をしかめた。
これからしなければならないことを考えると、非常に憂鬱な気分に陥った。
有希子は道具を取り出し、凛桜とは対照的ににこにこ笑っている。

「凛桜から部屋を出て、もうひとつの部屋へ。時間を置いて有希子さんも向かって下さい」

彼らは今いる部屋とは別にもうひとつ、部屋を取っている。
それは貨物車に近い車両――一等車のすぐ横の部屋。
恐らく貨物車に爆弾を仕掛けてくるだろうというコナンの予想の元、その近くの部屋を押さえたのだ。
今からこの部屋を出てその部屋へ入った後、凛桜という人物は消える。
その代わりに宮野志保が現れ、彼らの目を欺くといった算段だった。
安室とベルモットに会って認識されてしまったからには、服も替えなければならない。
本来ならば遭遇しないことがベストだったのだが、出くわしてしまったので仕方ない。

なりすます宮野志保と歳が同じで、万が一爆弾が作動しても無事に生還できる凛桜が一番の適任だと彼らは判断したのである。
確かにそれは理解できるのだが、いかんせん演技に自信が無い。
そんな大役はしたくないとごねたが、もしかするともっと適任の人物が乗ってくるかもしれないからと丸め込まれたのである。
凛桜は注意を払いながら廊下を移動したが、安室は付近にはいないようだった。

「怪盗キッド、ねぇ……」

世間を騒がせている怪盗が乗ってくるかもしれない、と沖矢が言っていた。
彼ならば自力で変装でき、変声機を使わずとも声を自在に変えることができる。
性差という問題点も難なくクリアでき、知人でさえ騙せる演技力もあるので、凛桜以上のキャスティングといえる。
ただ、絶対に乗ってくるとは限らず、見つけられるかも分からない。
凛桜も気をつけて探したが、発見できなかった。
違う車両に紛れているのか、もしくは化粧が濃くて分からなかったのか、あとは――

(血の匂いに気を取られて、わからなかったか)

考えても仕方ないか、と思い直す。
そこに遅れて有希子も部屋に入ってきた。

「お待たせ!」
「わー、初変装です」

着替えを終えた凛桜の顔を有希子が手早く変えていく。
その手慣れた動作に感心していると彼女は心配そうに凛桜を見た。

「本当に大丈夫?爆弾、仕掛けられてるんでしょう?」
「大丈夫ですよ。有希子さんが思ってるより、かなり丈夫ですから」

凛桜は有希子の方が心配だった。
向こうは銃まで所持している組織だという。
生身の人間など、当たり所が悪ければすぐに死んでしまう。

「有希子さんこそ、気をつけて下さいね。本当に危なくなったらすぐ逃げて」

危険な事は、彼女も最初から分かっているだろう。
それでも自ら名乗り出たのは――

「はい、完成。あとはコンタクトとウィッグね!」

鏡を渡されて見てみると、知った顔がそっくりそのまま成長した姿が写っていた。
まだ髪はいじっていないので、白髪だが。

「すごーい……」

思わず感嘆の声を上げた。

「顔だけ見たら絶対ばれないですねぇ」
「うふふ、ありがとう。あとは演技力ね!」

痛いところを容赦なく突かれた。

「でも大丈夫よ、言うことは全部哀ちゃんが伝えてくれるから」
「それが一番苦手なんですけど……」

相手は安室だ。
バレる自信しかなくなってきた。

「堂々としていれば意外とバレないものよ。大丈夫、胸を張って」

不安な顔をする凛桜にウィッグをかぶせ、有希子はカラーコンタクトと変声期を少女に渡した。

「それじゃ、私は行くわね。グッドラック!」
「お気を付けて」
「凛桜ちゃんもね」

ぱちんとウィンクをして去っていった有希子を見送り、凛桜はドアに鍵をかけた。
元の部屋に仕掛けている盗聴器と繋がっているイヤホンを耳に突っ込み、洗面台の前に立った。
コンタクトを取り出して眺める。
彼女と同じ、緑がかった深い青。

「人間も変なもの作るなぁ……」

そっと眼球の上に乗せ、数回瞬く。
多少違和感はあるが、色が本当に変わったことに少し心が踊った。
もう片方もつけ終わると、凛桜は携帯を取り出してソファに腰掛けた。

――こちらの手筈はほぼ全て、整った。
あとは、あちらの出方を待つのみ。



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