夕闇イデア

□V
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車掌の元にトリックが解けたことを知らせに行くと、彼は不思議そうな顔をした。

「死体消失トリックが解けた?今回の推理クイズはまだ出題されてないよ」

笑ってそう言う彼に、コナンがカードを差し出す。

「でも僕、こんなカードもらったよ」
「私達もね」

同じように園子も車掌にカードを渡すと、車掌はますます首を傾げた。

「確かにいつもの指示カードと同じようだけど……。今回聞かされていたのはそんなトリックじゃなかったがねぇ……」

車掌は困惑しきりである。
そこに世良がひとつの提案を示した。

「こうなったら8号車に行って、被害者役の客に聞いてみるしかなさそうだな!」
「そだね。あの人、詳しい話聞いてそうだし…」

蘭もそれに同意するが、元太がそれを止めた。

「その前にトイレ!」
「ボクも!」

光彦と2人で向かう後ろ姿に、凛桜は一応声をかけた。

「2人とも、走ったら危ないよ」
「はーい!ごめんなさーい!」

保護者が板についてきたなと苦笑する。
その凛桜の横で、哀が表情を曇らせていた。

「ん?どうした、灰原?」
「この列車……妙な気配しない?殺気立ってるっていうか……」
「そりゃオメー、クリスティの小説の読みすぎだよ」

コナンは流したが、凛桜は少し神経を尖らせた。
彼にはまだ、情報が伝わっていない。
それは、沖矢達がまだ組織が乗車しているという確証を得られていないことを示している。
その上、この作戦はある程度哀を追い込まなければいけない。
場合によっては凛桜も動かなければいけないため、タイミングが来ればすぐさま警戒体勢に切り替えなければ危ない。

「凛桜さん、クリスティはどこまで読んだ?」
「ちょうど列車の話の途中だよ」
「犯人、分かった?」

沖矢と同じことを言う彼に、肩をすくめてみせた。

「私、推理しながら読むタイプじゃないよ」
「でもさっきの死体消失トリック、早々に見破ってなかったか?」

面倒なのが来た。
探偵は敵に回すべきではない、と本でも現実でも同じ感想に至った凛桜は思わずそう思った。
彼らはほんの少しの表情の変化や行動で綻びを見つけ、相手を暴くのだ。
厄介以外の何物でもない。

「空間把握が得意だから、あのトリックは簡単に見破れただけだよ」
「じゃあ道に迷ったりしないんだ?」
「少なくとも同じ所をぐるぐる通ったりはしないね」
「へー……」
「そう言う世良ちゃんは、どうして私が見破ったって分かったの?」

今後のためにも聞いておこうと返す。

「だって凛桜さん、コナンくんの推理聞いてなかったのに話を把握してたからさ。ボクの後ろで何かしてただろ?」

完璧に誤魔化しきれるとは思っていなかったが、世良はあっさりと看破していた。
それでも何をしていたかは伏せたのを見ると、それとなく気遣っているらしい。

「世良ちゃんは後ろに目でもついてるのかな?」

凛桜がからかうように言うと、世良も笑って胸を張った。

「その場の人が何してるか把握するようにしてるんだ。探偵だからね!」

なるほど気をつけよう。
どこで何がばれるか分からない以上、下手な行動は控えた方が身のためだ。
そうこうしているうちに、元太と光彦が戻ってきた。

「お待たせしました!」
「行こうぜ!」

ぞろぞろまた全員で移動を開始する。
列車はトンネルに入ったらしい。
窓の外が暗くなり、音が反響している。
凛桜はほぼ無意識に耳をそばだてた。
8号車に到着し、B室へ進もうとしたその時。

「―――――!」

漂ってきたその匂いに、目を見開いた。
赫眼になりかけたそれを隠さなければならないと、咄嗟に下を向く。
どうやら寝不足のせいで、制御しにくくなっているらしい。
少し遠くで、女の声が響く。

「何でその携帯を発車前に見つけてないのかってことよ!ちゃんとこの部屋清掃したの!?」

すっと息を吸い、顔を上げた。
窓の方を向いて自分の顔を見るが、普段と変わらない姿が写っていた。

「凛桜お姉さん、どうしたの?」
「目に何か入ったみたい。もう取れたから、大丈夫だよ」

心配そうに見上げる歩美に、また嘘をつく。
そっか、と笑顔になった彼女に胸が少し軽くなった。

「心配してくれてありがとう。歩美ちゃんは優しい良い子だね」

すっかり癖になった、子供の頭を撫でる手。
“君はあそこにいるべきじゃない”と言ったヤモリの言葉が聞こえる。

(そうだね、私にはこんなこと似合わない)

コナンと世良によって破られた扉を見る。

今も夢に見る。
いつも、あの男が下卑た顔で近付いてきて凛桜を壊す。

(それでも私は、この生温い世界で生きていたい)

硝煙の香りに、まだ少し寝ていた凛桜の頭が完全に醒めた。
扉の向こうで息絶えている男を見つめ、ああ、とため息をついた。

(おなか、すいたなぁ)



――そろそろ、喰い場を探さなきゃ。



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