夕闇イデア

□W
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「あなたが凛桜ちゃんね!新……コナンくんから話は聞いてるわ!」

工藤邸に戻った凛桜とコナンを待ち構えていたのは、巻き毛の女性だった。
今日は色んな状況に遭遇するなと困惑の中、女性を見る。

「あなたは……?」
「あぁごめんなさい、私は工藤有希子。ここの家主の妻よ」
「!」

にっこりと朗らかに笑うその人に、ハッとしてコナンを見下ろす。
あの時、電話していた相手はこの人だったのだろう。

「住まわせてもらって、本当にいいんですか?」
「いいのよ〜。家は住まないと傷んじゃうし、娘ができたみたいで嬉しいわ」
「ありがとう、ございます……」
「それより!明日お買い物に行きましょう!」

ビシッと指を立て、高らかに言った有希子をコナンが制した。
目を瞬かせて戸惑っている凛桜に同情しての行動だった。

「有希子おばさ……お姉さん。凛桜さん付いていけてないよ」
「あらごめんなさい!コナンくんから、着の身着のままここに来たって聞いたから、いろいろお買い物しなきゃいけないと思ったのよ」
「あ、え。はい」

完全に勢いに押されて頷いている。
昼のあの雰囲気はどこへ行ったのか、と言いたくなるそれにコナンと昴の二人は顔を見合わせた。

「母は強し、ってやつですかね?」
「まさにそれだね……」

凛桜はずっと一人だった。
母親というものも、あまり体験したことがない。
つまりは守られ慣れていないのである。
当たり前に与えられる愛を知らず、温かさを知らない。
一人の寒さが当たり前だった彼女にとって、それは未知の領域だ。

「お夕飯にしましょうか。凛桜ちゃんには珈琲を入れるわね!」
「んぇ!?」

当然のように言われたそれに、素っ頓狂な声が出た。
まさか、この人は自分の正体を知りながら――
上機嫌でキッチンへ行ってしまった有希子を唖然として見送り、凛桜はコナンを見下ろす。

「ちょっと、付いていけないんだけど」
「ごめんごめん。あの人なら大丈夫だと思って話したんだ」
「…………」

人を喰らう化け物が、家に住むなど。
しかもこんなに小さな子供と関わっているなどと。

「……君は何者なの?」

FBIや警察と繋がりがあり、優れた洞察力と観察眼を持つ。
まるで大人の男のような目をした小さな子供。

「凛桜さん、ちょっとしゃがんで」

素直に従えば、コナンは凛桜の耳元に顔を寄せた。

「……工藤新一。これが俺の本名だよ」
「ははーん。あとで詳しく聞かせてもらおうかな」

わざわざ声を潜めて言ったということは、沖矢には秘密にしていることは明白。
悪戯っぽくにやにや笑うと、コナンは嫌そうにハハッと笑った。



「本当に珈琲しか飲めないの?」
「はい。人間の食べ物は、私には毒です」
「そう……、じゃあスイーツも食べられないのね。残念だわ」

眉を下げ、本当に悲しそうに有希子が嘆く。

「私、凛桜ちゃんとケーキバイキングに行ってみたかったのに」
「えっと……。食べるふりなら、できますけど」
「食べるふり?」

コナンが首を傾げる。
終わりかけとはいえ食事中にする話題ではないのだが、と凛桜は目を泳がせた。

「喰種は幼少期から、人間社会に溶け込めるように訓練を受けるんだけど……それに、いかに人間の食べ物を普通に食べられるかというものがあるの。……そもそも人間とは舌の作りが全く違うから、どんな食事も私たちにはどうやったって不味く感じるんだけどね」
「へぇ……」
「どれだけ不味くても美味しそうに食べられたら合格。これができないと、表社会ではすぐに喰種だとばれてしまうからね」
「でも、毒なんでしょう?食べてはいけないって……」

有希子に頷き、凛桜は珈琲を一口飲む。

「だから、消化する前に出してしまうんですよ。食べても死にはしないけど、確実に体調を崩します。……食材には、申し訳ないんですけどね」

そういえば、人間から喰種になった彼は味覚の変化にひどく驚いていた。
店長が随分具体的で面白い表現をしていたと言い、従業員の彼女は笑っていた。
あの喫茶店でバイトを始めたと聞いたから、冷やかしに行こうと思って足を向けたのだ。ここに来る前に。
彼女には睨まれるだろうが、彼を弄るのは楽しいのだから仕方ない。

――カネキくんは、元気だろうか。

「……なんだか嬉しそうだね、凛桜さん」
「面白い人を思い出してね。サンドイッチを食べて、パンは無味無臭のスポンジ、レタスは鼻の奥まで青臭い、チーズは粘土みたいって言ったらしいよ」
「それは何とも……面白い表現ですね」

(ま、彼もう生きてないかもだけど)

アオギリがリゼを探しているとヤモリに聞いた。
となると、リゼの匂いがするあの彼がどうなるかは想像に容易い。
もし、生きていたら――とても面白いことになっているだろう。
うっすらとほの暗い笑みが浮かぶ。

「悪い顔してるよ」
「悪ぶりたい年頃なの」

分かるでしょ?と少年に同意を求めてみるも、首を振られてしまった。

「つれないなぁ」

ぬるくなってしまった珈琲を飲み干し、ソーサーに置く。
あんていくの珈琲がもう飲めないのは残念だと、それだけを心残りに思った。



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