『ワザコイ』キャラクターエピソード

□結夜編 1話
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広い体育館に、ずらりと
並んだ椅子。

それらに座るのは、
未発達の身体で
可能性を秘めた頭を支える子供達。

その中には、
兄と両親に見守られる
一人の少年がいた。

4月11日。
桜の花弁が舞い散る
外の風景。

少年は、『期待』で
胸がいっぱい。
見慣れぬ壮年男性の
長ったらしい話など
全く頭に入ってこない。
『期待』という
言葉さえも、この時は
まだ知らない。

ただただ、
言葉にできない未来を
頭の中で展開させる。

そつぎょおしたら、
ちゅーがくせえ。
で、こーこうせえになる。
そのあとは…。
だ、だ…。まあいいや。
けっこんして、こどもが
できたら、おとこのこがいいなー。
で、おとうさんとおかあさんを
おっきなおうちにすませてあげる。

校長の祝詞をよそに、
将来を思い描く。

とかく、人の世は
思い通りにはいかないもの。
神は、乗り越えられない
試練は与えない。
誰かが言っていた。
もし仮に、それが本当だとしたら、
乗り越えられる残酷な試練は
与えるのだろうか。
それを乗り越えた先には、
果たして、見返りはあるのだろうか。




「結夜、ほら、笑って!」

「うん!」

父親の幸福に満ちた声に、
弾むんだ返事をする。

「眞由美、もうちょっと寄って」

三脚の上に乗せたカメラ越しに、
男が妻に言う。

「パパったら、結夜より嬉しそう」

ふふっと笑うものの、
人のことは言えない。
本人も自覚している。

「雅司、お前は寄りすぎだ」

呆れつつ、
温かい笑みを浮かべる父親の名は春臣。
この場で、ある意味ぴったりの人物だ。

「結夜と密着してたいんだけどなぁ」

「タイマー押すぞー」

ブラコン発言をさらりと流し、
春臣は自らも家族の元へ。

かしゃっ。

シャッター音が響く。

「よし、じゃあ、
 結夜一人で撮ってみるか」

「う―――」

返事が急な強風で掻き消される。

その刹那、
無限にあると思われるほどの
大量の桜の花弁が、
美しいほど儚く、散っていった。
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