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「つーむぐー?」
結局いつもと同じぐらいの時間に着いた紡の家を覗き込みながら声をかけると、すぐに行くと返事があった。
ほどなく出てきた紡は私を見て、
「今日何かあったっけ」
と尋ねてきた。
今日は特別に何かがあるなんて聞いてない。
そう告げると、短くそっかと呟いた。
「なんで?」
聞き返すと、
紡は黙って自分の頭を指した。
「髪」
「…………、あ」
そこまで言われて思い出した。
今日の朝は鏡に向かう時間があったから、私が唯一持っている髪止めをつけて来たんだった。
何年前の買い物だっただろう。
つけるのも随分久しぶりだったけれど、髪への重さという違和感は歩いているうちに消えてしまったからすっかり存在を忘れていた。
「えっと、これはたまたま」
「懐かしいな」
「え、お、覚えてるの?」
「うん」
当たり前のように答えられて、驚きと同時に心臓が熱くなる感じがした。
買った次の日に、初めてつけて行った時も真っ先に紡が気づいてくれて、それが嬉しくてしばらくつけ続けていた気がする。
覚えてくれていた……。
そんなことに言いようのない嬉しさと、何故か恥ずかしさが込み上げてきた。
「あ、今朝ねっ、夢を見たの」
照れ隠し半分に話題を無理矢理変える。
根本は変わってないから許されるだろう。
というより、紡はそんなことで怒らないし。
「夢?」
「そ。昔のね。ほんとに過去の夢なんて見るんだね、ちょっと驚いた」
短い内容を更にざっくり聞かせる間、紡は相槌すらなく黙っていた。
最後の部分は個人的にカットした。
別にあのまま手が触れていようがいまいが現在には何の関係もないんだけど。
「おふねひき……」
「それで今朝はちょっと余裕があったから、たまにはいいかなって思ってつけてきたの。ところで夢、私は曖昧にしか覚えてないんだけど、紡は覚えてる?」
本当のことだ。辛うじて海が見える場所で紡と出会ったことだけは覚えているけれど、それ以外はあまり記憶になくて、今日の夢も新鮮だったり。
「覚えてる」
「え」
あまりにもはっきりと返ってきた答えに、しばしフリーズ。
覚えてる、ってことは、本当にあったことだということ。
「手……」
「ん?」
「手、が……あの。…………ううん、やっぱり何でもない」
口に出そうとした瞬間羞恥で口が動かなくなった。
そんな細かいことを気にする事実が紡に伝わるのも嫌だし、あのとき、あの時間軸の先で、紡が私に触れていたなら、それを覚えていないというのもすごく嫌だ。
「それよりさ、どうしてあのとき声をかけてきたの?」
つい今朝、夢で見て思い出したくせにまるで前から覚えていたかのように話す自分がおかしくもあったけど、これは気になる。
あの時間帯に子どもが1人でいるのは不自然だったのだろうか。
それを言えば紡もなのだけれど。