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「紡、おはよーっ」
休日。当たり前のように、柚奈は紡の家へやって来た。
だが、挨拶を返した紡は海へ出る準備をしている様子だった。
「あれ、今日は行かないって……」
前もってそう聞いていたのだが、もちろんそれは確実ではないし、都合によっては今日の方がいいというのもあるだろう。
それはよく理解していたため、
「あ、じゃあ私……」
そう言って引き返そうと背を向けた柚奈に、紡の少し控えめな声がかけられた。
「あのさ」
‐‐‐‐‐‐
穏やかに吹く潮風に、緩く髪が揺れる。
まだ上ってから時間の浅い太陽の光を受け、水面が明るい輝きを見せ始めた。
「ん〜っ気持ちいい!」
ゆっくりと伸びをすると、柚奈の口からは自然に嘆息のような声が漏れた。
2人は漁船で海の上にいた。
「でも、良かったの? 私乗っちゃって……」
「問題ない。今日はじいさんいないから」
紡の祖父である勇は、今日の漁は紡に任せたという。
珍しいことではなかったが、紡が船に乗るかと誘ってきたのは柚奈にとって思ってもみないことだった。
「こんな風に船に乗ったこと、なかったなあ」
遠くの水面を眺めながら呟くと、紡は船のすぐ下を示した。
「あれ」
「え?」
示された方を柚奈が見ると、太陽光の反射の間に、たくさんの建物や道がその姿をちらちらと見せていた。
「これ、もしかして…………」
「ああ、汐鹿生だ」
紡の言葉に、柚奈は身を乗り出してその光景に見入った。
「落ちるなよ」
紡のそんな言葉も届いていないようだ。
「すごい……。見えるんだ……」
「この天気なら、多分見えると思って」
「それで、誘ってくれたの?」
「ああ」
「あ、ありがとう……!」
柚奈は、弾けるような笑顔を紡に向けた。
紡はふっと柔らかく笑い、柚奈と共に水中の汐鹿生村へと視線を落とした。