階段を上るアシオト

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相手は大きく目を開いたような気がした。
しばらく黙っていた彼だったが、急に笑い出した。



「カハッ…クククッ…お前、おもしれぇな!そんなに腹が減ってたのか?」

『ムッ…』


私、そんなに食い意地は張ってません。そう伝えると、さらにゲラゲラと笑い出した。





「お前みたいなやつ初めてだよ。ホント面白れぇ。」


そんなに面白かったのか、彼の目元には涙がたまっていた。


ここにいる男性は結婚している人以外は、城の人たちだけだ。この人はまだ結婚している風には見えない。きっと、城の関係者なのだろう。そう思った琴葉は、無礼のないよう、言葉に気を遣っていた。




『ここで働いている人ですか?』

「あー…まぁ、そんなとこだ。」



なんだか曖昧な返事だ。
この国にも階級というものは存在している。もしかしてそれを気にしているのだろうか。


『階級が下なのだとしても、私は気にしませんよ?むしろ気軽に話してください……あ、お仕事中でしたか?』


しまった、相手のことを考えていなかった。仕事中なのだとしたら、怒られてしまうのは彼の方なのだ。




「………ブッ、ハハハハハッ!!」

『何、ですか…』


先ほどからよく笑う人だ。でも、それがなんだか、幼く感じる。初めて会ったにもかかわらず、ラフに話してきた彼にももちろんどこか堅苦しさがあった。琴葉はこれが彼の本当の姿なのではないかと、不思議にも思っていた。

このとき琴葉は初めてちゃんと彼の方を見た。暗くてよく見えなかった彼の体には、身なりの整ってきちんと着こなされている服が映えていて、軽く袖をまくっている腕からは鍛えられているのだろう褐色の腕が恥ずかしげもなく出ていた。笑っている今は幼さが残っているも、元々綺麗な顔つきなのだろう、間違えなくかっこいいと言われる部位に入る。




「俺の方は大丈夫だ。お前もそんな堅苦しく話してないで、気軽に話せ。」



そこからは、お互いにいろいろなことを話した。好きなことだったり、よく行っていることだったり。とにかく、異性どころか同性の友達とも話をすることはほとんどなかったので、この時間は琴葉にとってとても新鮮だった。
そして知らぬ間に時間はどんどんと無くなっていた。





『そういえば、お互いの名前知らないままだったね。』
「確かにな、お前と話してるの楽しくて時間もすごい経ってたしな。あぁ……そうだな。俺は大輝だ。お前は?」



『大輝さん、ですか。私は…』



自分の名前を、口にしようとした時だった。どこからともなく、ボーンボーンと音がなった。それは間違いなく0時の鉦の音で、琴葉が帰らなければならない時間だった。もちろんそれに、琴葉は気がついていた。


『ごめんなさい!』

「お、おい!!」



呼び止める声も聞かず、急いで城を出た。しかし、城の門を出る前に小さな段差があったことに気付かなかった琴葉だったが、転げ落ちる前になんとか体制を持ち直し、再び森の方へ走り始めた。森に入る前くらいから、魔法は解け始めていて、家の近くまで来た時には完全に元のみすぼらしい格好に戻っていた。しかし、片足だけに残っていたガラスの靴は、琴葉の足から、綺麗に輝き続けていた。
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