短編

□愛でたい!
1ページ/2ページ


 今日から大学生の筈な私は、目覚めると見知らぬ部屋にいた。

 室内に自分の所有物は1つも見当たらない。壁際に幼い自分らしき姿の映る物が目に入り、それが鏡だと解って驚愕する。漸く18歳を過ぎて大人の仲間入りをしたと思っていたのに、姿見に映っている自分はまるで小学生だ。まさかそんな事は有り得ないと考えて目を擦ってみるものの、視界はいたって良好で夢ではないと思い知らされる。鏡越しではなく肉眼で見ても、手も身体も小さい。自慢出来る程ではなかったにしろそれなりにあった胸も、触れてみればブラが必要ない程になっていた。
 私の身体に何が起こったというのだろう……。事態を上手く理解出来ぬままベッドの上から動けずにいれば、不意にノック音が聞こえてきた。母が起こしに来たのかと焦りも頭を過る。
「幸恵、朝ですよ」
 しかし、扉が開いて見えた姿とその人から発せられた声は、予想と違って見ず知らずの中年女性。何がどうなっているのか聞きたいと思いつつも、何から問えば答えが見付かるかも解らず言葉を発せられない。困惑状態の私に不思議そうな視線を向けてくる女性は、朝食が出来ているから早く来てくださいねと付け加えて立ち去ろうとしてしまう。
「――あっ、ま、待って……ください」
 何処で食べるのか解らない私は1人残される訳にはいかないと考え、咄嗟に声をあげて女性を引き止めた。室内に響いた声は、確かに自分のものだけれど、やはり幼くなっている。
 どうやら私は若返ってしまったらしい。

 自分が寝ていた部屋を出れば、案の定自分の知る自宅ではない。長い廊下に幾つもの部屋があり、名札らしき物が掛けられている扉もある。お金持ちの豪邸とも違う雰囲気だけれど、西洋の面持ちが漂う広いお屋敷だ。

「それじゃあ食べましょうか」
 女性の後ろについて広々としたダイニングまで赴けば、10人弱の子供が料理を目の前に話をしている。女性の声で私にも気付いた子に、遅いと悪態を吐かれてしまった。どうやら私が来るのを待っていたらしい。席に着けば皆で手を合わせて食事が始まる。見る限り大人は中年女性1人なのに対し、子供は幼児から高校生らしき年頃の子まで居る。しかし、全員が兄弟姉妹とは到底思えない。
 皆を観察しながら事態を把握しようと試みた。話し掛けられても当たり障りのない相槌のみ返していれば、お前らしくないとか緊張してんのかと茶化す様な言葉が飛び交う。食事の終盤には女性が改まって口を開き、私は里親候補の家にお試しで泊まりに行くと聞かされる。ここは施設で、私は孤児という事になっているらしい。次いでに中年女性は施設長だと解った。ただ、私の家族はどうなってしまったのか、他にも多くの疑問が残る。

「さ、出発しますよ」
 朝食の後片付けも終え、施設長に促されるまま仕度を済ませ、ワゴン車へ乗せられた。里親候補の家に連れていかれるらしい。子供達に見送られて施設長が運転する車で施設を離れ、見知らぬ住宅街を進んで行く。お屋敷風の施設とは違って周りの住宅は私のよく知る造りで、取り敢えず日本なのだろうと安心した。
 道中に施設長が里親候補のお宅についてを軽く説明してくれた。越前家という3人家族のお宅だと解った。勝手に進む事態と次々舞い込んでくる情報に思考が追い付かない。ただ、自分との関係等を探る必要が無い人の所に行くのだからと、少なからず気が楽になる。

 暫くすると車のスピードが緩くなり、和の面持ち溢れる家の敷地へ入った。少々古そうにも見える大きな一軒家は、家主が一般家庭よりも裕福だと物語っている。養子を取る位だから当たり前と言えば当たり前だが、私の予想を上回っている。
 車の音で私が到着したと解ったのか、一家揃って出迎えてくれた。自由奔放な感じのお父さんと、優しそうなお母さんと、気怠げにしている男の子――彼を視界に捉えた瞬間、私の中で何かが目覚めた。
「……好きです!」
 大人3人が話をしているなか、思わず男の子に近付いて口走っていた。彼が大きな瞳を瞬かせて驚いたと思えば、直ぐ眉をひそめて不審気に視線を向けてくる。整った容姿で所謂イケメンな彼はクールで生意気な雰囲気だけれど、優しさと熱い何かを内に秘めているかの様で目に見えない魅力も溢れている。
「は?」
「一目惚れしちゃいました」
「あんた、頭大丈夫?」
 決して私が面食いという訳ではない。初対面でいきなり告白なんてのも初めてで、自分でも驚く位一瞬にして彼に心奪われてしまったらしい。舞い上がっている私とは正反対に、彼は見事に冷たい突っ込みを言い放ってくれた。その言葉通り、可笑しな奴だと思われたに違いない。
「あ、そっか。家族になるんでした……年は幾つですか?」
「聞いてないの? あんたと同じ、中1」
「本当っ!? えっと……じゃあ、誕生日は?」
 大人びて見える冷静な反応をした彼だけれど、身長も今の私と同じくらいでやっぱりまだ子供。こんな弟が欲しかったし、是非とも可愛がりたい。しかし、まさかの同い年だと判明。私が若返っていなければ、弟確定だったのに。
 私の誕生日は変わっていなければ1月だから、彼が2月か3月生まれなら弟になるけれど、私が妹になる確率の方が断然高い。折角なら弟として愛でたかったけれど、兄として慕うのも悪くなさそうだ。
「12月だけど」
「幸恵ちゃんの誕生日は1月なのよね? 養子入りすれば、妹って事になるわ」
「リョーマ良かったじゃねぇの、可愛い嬢ちゃんに気に入られちゃってー」
 大人同士の話は終わったらしく、両親がこちらの話に加わってきた。私が妹だと確定し、彼の名前も解った。りょうまと聞くと坂○龍馬しか浮かばないけれど、変わった名前で覚えやすいと言えば覚えやすい。そう言えば、苗字も珍しい方だと思う。越前というのは、地域名ってやつだろうか。蟹で有名な市だった気がする。
「妹、か……宜しくね、お兄ちゃん!」
「っ――そんな呼び方しないでくれる?」
 私が笑顔を向ければ不服気に顔を背けた彼は、伏せ目がちに強気な言葉を零した。よく見れば頬が微かに紅くなっていく。これは照れ隠しに違いない。私の好奇心は余計擽られる。私より彼の方が可愛いじゃないですか、とお父さんのお世辞に内心突っ込んでしまう。
 名前が解ったからには呼ぶしかない。彼の可愛い姿は、慕うよりもやはり愛でたい。恋愛が無理なら家族愛だって良い。私の人生、この一家に捧げてしまおう。数十分前の疑問や戸惑いなんて吹き飛び、半ば勢い任せに養子入りを決意した。
「いいじゃない、りょうまお兄ちゃんっ」


‐Fin‐

‐2014/4/8‐

next→後書き
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ