短編

□向日葵
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 娯楽施設なんて皆無なド田舎に住んでいた私は、部活で出来るテニスが唯一の楽しみとも言える程だった。当たり前の様にテニスを好きになり、直ぐにのめり込んでいた。とは言っても、弱小公立校だから全国に名を轟かせるなんて夢のまた夢。けれど何時も初心を忘れず、向上心を持って日々の部活に励んでいた。
 更には文武両道を謳う学校に通っていたのもあってか、両親には勉学を怠らないよう言い付けられていた。言い付けを逆手に取り、学業で良い成績を残せた場合の褒美として、長期休みにテニスの大会の観戦目的で上京させてほしいと懇願。無事に勉強と部活の両立を実行して褒美を許され、優秀な選手達のプレイを拝める全国大会へと足を運んだ。
 私がリョーマの存在を知ったのは、そんな中学校生活2年目の夏。関東大会での噂は全国大会を見に行く前から耳にしていたので、小柄な1年生にして凄い選手がいるとは知っていた。それでも、リョーマのテニスを目の当たりにして思わず見惚れた。全国一を決める大事な試合だというのに、追い込まれた状況でも尚テニスを楽しんでいて、本当に心底テニスが大好きなのだと見てとれた最後の試合――私は身震いして鳥肌が立つ程リョーマのプレイに魅了された。
 その後、直ぐ青春学園と越前リョーマについて調べあげ、青春学園高等部への進学を決意。エスカレーター式の学園だけあって、高等部の入試は難易度が高いと言われているものの、猛勉強の末なんとか合格した。勉強が好きな訳でもない私だけれど、勉学を怠らないよう言い付けられていた事にこの時ばかりは感謝した。
 そして単身で上京し、一人暮らしと学園生活を楽しみつつ、男子テニス部のマネージャーになって選手達と仲良くなった。それから彼等と一緒に中等部の部活へ顔を出したりし、リョーマへのアプローチを試みた。

 そんな私の恋も2年後には実り、更に1年の月日が流れた。今や私は大学生となり、女子テニスのサークル活動もそこそこに、バイトで生計を立てて自立を目指している。
 良い成績を残している選手が揃っている男子テニスは、公式戦への参加も続けている。しかし女子はそこまでではなかった。私もマネージャーとして男子テニスの皆を支えられればと思ったものの、バイトを優先する日々になると考えて諦めた。男子テニスの選手達にも事情を話してあるので、マネージャー業は出来ないけれど、時折様子を見に行く事は許可されている。

「幸恵の実家に?」
「うん。一緒に来てもらいたいの」
 人生のうちで1番長い夏休みを迎え、私は実家に帰省する計画を立てていた。高等部時代も勉強と部活に明け暮れていて実家には帰っていなかったので、今年はお盆辺りに1日だけでも帰ろうと考えたのだ。
「俺らにとって夏休みがどれだけ大事か解ってるよね?」
 その帰省にリョーマの同行を願えば、返ってきたのはあからさまに大きな溜め息と部活に関する言葉。夏休みは大会もあるから、大事な時期だと解りきってはいる。しかし折角帰省するのなら、リョーマを両親に会わせたりもしたいと考えた。私の産まれ育った地をリョーマに知ってもらいたいし、自然に囲まれた田舎を知らずに育ってきたであろうリョーマに自然を感じてほしいという気持ちもあった。
「解ってる、重々承知してます。でも、どうしても見せたい物があるの……朝一に出れば日帰りも出来るし、1日だけで良いから時間作ってもらえないかな?」
 両手を合わせて頭を下げ、本気の交渉をする。早起きが苦手なリョーマに朝一という言葉を出すのはどうかと思いつつも、事実だから仕方が無い。
 再び大きな溜め息が降ってきて、恐る恐る頭を上げリョーマの顔を覗き込む。すると眉根を寄せて歪んでいた表現は消えていて、1日だけという条件付きで渋々了承してくれた。

 そうして高等部の夏休みが半分終わった頃、約束の日を迎え私はリョーマを連れて実家に向かう。日帰りで荷物は少ないけれど、お土産を両手に抱えて電車に乗り込んだ。外の景色は次第に建物や人工物が減り、自然が増えてくる。電車を降りて小さな街を横目に古びたバスに乗り継げば、街の中心を離れるに従って乗車している人も減っていき、行き交う車も無く殆ど貸切状態の道路を走って山間へ入った。
 中学卒業までずっとバス通いをしていた私は、何も変わっていない見慣れた景色を懐かしむ。約2時間半の乗車も苦にならないのは、身体に染み付いた習慣からだと思う。対してリョーマは、予想通り重い瞼を辛うじて開いている感じだった。眠た気な眼差しで窓の外を見つめるばかりで、会話に花が咲くことも無く目的の停留所へと到着する。
 人影も皆無な場所で、バスから降りた途端に暑い陽射しを遮る建物は無く、直射日光が照り付ける。蝉や虫達の鳴き声と直ぐ横を流れている小川の流水音が聞こえ、田舎の夏を感じさせた。人工物の少なさに驚いているのか辺りを見渡すリョーマに、田舎のあれこれを簡単に話す。
 田んぼや畑の広がる土地・舗装されていない道路・片手で数えられる程しかない家々を懐かしく思いつつ、約30分の道のりを歩いて漸く私の実家に辿り着いた。木々に囲まれて1件だけ佇んでいる無駄に大きな一軒家は、昔と変わらず少々不気味な面持ちで、歴史を感じさせる木造のボロ家。東京ではあり得ない程の土地と家の大きさ、庭と畑もあって田舎らしいと言えばらしい。しかもお隣さんまで歩いて10分はかかる程、この近辺でも1番孤立した家。

「あ、飾ってくれたんだ……」
 木材の擦れる音とガラスの揺れる音を立てて玄関の引き戸を開ければ、母と花瓶に生けられた数本の小さなひまわりが出迎えてくれた。丈が30cm程度の小さな品種のひまわりが庭に咲くので、私が居た頃は毎年そこから数本取って家の何処かに飾っていた。今年はそれを玄関に飾ってくれたらしい。母には日に数本しかないバスのどれで来るか伝えてあったので、準備を整えて頃合いを見計らい待っていたみたいだ。
「ひまわり、好きでしょう?」
 帰宅を知らせる言葉も忘れてひまわりを見つめていれば、母が察してくれて口を開いた。そして微笑んでリョーマに会釈をしたので、リョーマも黙って会釈を返している。
「うん! 流石お母さん、解ってるー」
 私の好きな花はひまわり。
 『向日葵』という和名を持つこの花は、生長中は文字通り日光が降り注ぐ方角を向く。朝は東を向いていて夕方には西を向き、まるで太陽を追っているような様子から“あなただけを見つめます”という花言葉が付けられた。太陽に向けて“あなたは素敵”と言わんばかりに“憧れ”の眼差しを送り続ける花であると象徴している。そんな“情熱”を感じられるのは、1年の間に数週間だけ。早くて6月から遅くて9月まで花を開き、7月上旬が最盛期のひまわりは、夏の季語になっている。ひまわりが数万〜数十万本と群れをなす大規模なひまわり畑がある地域は、夏休みの時期に観光客で賑わうらしい。しかし私は、そんな街起こしのビジネスや栽培を目的に育てられた物より、天然のひまわり畑が好きだ。
「疲れたでしょう? あがって休みなさい」
「いや、ちょっと行く所が……」
 私の地元であるこの地には、その天然のひまわり畑が存在する。私の実家の裏から森の獣道を抜ければ、山々に囲まれ黄色い花が辺り一面を覆い尽くしていて、幼い頃の私の背丈と同じ位の高さで推定3〜400本はある。そんなひまわり達を掻き分けた先には、小さな浜辺があって海を眺めることが出来る。田舎の一角に存在するその場所は、私の地元でも極一部の人しか足を踏み入れない程、人の手が付けられていない本当に天然のひまわり畑。決して大規模ではないけれど、私の大好きな空間だ。
「……ああ、彼にあそこを見せるの?」
「そう! じゃあ早速、行ってくるねっ」
 上京するまでは夏になれば毎年そこへ赴き、ひまわり達からエネルギーを貰っていた。私が1番好きなのはひまわり達が上を向く日の高い時間帯だから、リョーマにもそれを見せたい。
 母との立ち話も早々に切り上げてとりあえずお土産を渡し、家の裏から森の中へと久々に足を踏み入れた。今は私の方が背が高くなってひまわりは私の肩位の高さだろうか、なんて予想しながら足取り軽く歩みを進める。

「ねえ……まだ?」
 緑の香りと虫の音が夏であると物語っているものの、陽射しの暑さを和らげてくれる森林の中を歩くこと約20分。私よりも遥かに体力がある筈のリョーマだけれど、何処に連れて行かれるのかも知らされていない状況に苛立ちを感じているのか、少々不機嫌な声音で問い掛けてきた。
「もう少しっ」
 少しばかり“傲慢”な面を持ち合わせているリョーマは、テニスをしている時に誰にも“負けない”不屈の闘志を発揮する。常に上だけを目指して辛さも乗り越え、過去の軌跡などお構い無しに“未来を見つめて”突き進んでいるその姿勢は、尊敬に値する。そんなテニスをするリョーマが大好きで、私にとって1番の存在で、私にとっての太陽で……何年経とうと変わらない“あなたを思い続けます”という気持ちは、もう口にせずとも伝わっているかも知れない。けれどやっぱり伝えたい。この抑えきれない気持ちをひまわり畑の景色と一緒に届ければ、リョーマはどんな反応を示してくれるのか。何となく想像がつくような気もするけれど、期待で胸を膨らませながらリョーマの手を引いた。


‐Fin‐

‐2013/8/31‐

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