餌。

□カレーライス
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カレーは手抜きではない。
立派な料理である。



大きな鍋の中身をお玉でぐるぐるとかき混ぜながら、宮餌は一人頷いた。

鍋からは今日のメニューであるカレー独特の、
スパイシーでいて懐かしい、食指を盛大に動かすあの香りが溢れ出ている。

簡単だからといって、手は抜けない。

こうやって休むことなくかき混ぜるからこその美味しいカレーである。

お玉にあたるごろごろとした大きい具達が堪らない。

流石はキリカさん、よくわかっている。
カレーの具は大きめで決まりなのだ。


キリカさんは、共に食堂で働いている 半人半蛇の女性のことだ。

自身を「おばちゃん」なんて呼んでいるけれどとんでもない、
若々しく優しい美人さんである。

本当にお世話になっているので、
おばさんなんて呼んだ奴は飯抜きだと密かに心に決めている。

今日だって、早めに帰らなければいけないからと夕食のカレー用に具材を切って行ってくれたのだ。


コトコトと音を立てる鍋をかけている火を少しだけ弱くする。

仕事に行っている仲間達が、
腹を空かせて帰ってくるまでまだ少し時間があるだろう。

それまで休みなく掻き混ぜれば、
きっとものすごく美味しいカレーになるに違いない。

何だかんだ言って、ここの男共は単純な──
──それこそ、カレーのような料理が好きだったりする。

手抜きか、なんて軽口を叩きながらもしっかりとおかわりしていくのだから、
見ていてなんとも気持ちがいいのだ。

だからこそ、定期的に作りたくなってしまう。


そう、手抜きではない。

決して作るのが楽だからとかではないのだ。

敢えてのカレーだ。

断じて、手抜きなどではない。

ほら、明日のメニューもカレーうどんとかにできて便利だし。



かき混ぜる手は止めずにそんなことを考えていたら、声がかかった。





「──宮餌」

「!」



すっかり聞き慣れているその声に顔をあげる。

威厳があり有無を言わせない強さを持ちながら、
あたたかさや優しさをも含んだここにいる獄卒がみんな大好きであろう声。

慌てて厨房から出、その声の主の素へ駆け寄った。



「肋角さん!どうしたんです?味見ですか?」

「今日はカレーか。いい香りだな」


自分達の上司であり、父のような、または恩師のような、そんな存在。

自分がこうやってここで働けているのも、また他の仲間たちも同様に、この人に拾ってもらったからである。

話に乗りながら、肋角さんは「しかしすまない、」と要件が違うことを告げた。




「どうやら斬島が任務先でやられたらしくてな」

「……え、あ、じゃあ」

「ああ、連れ帰ってきてやってくれ」

「あー……」



仲間の中でも特に真面目でお馴染み、
斬島が任務先で倒れることはしばしばあった。

他の連中が力任せに解決しようとするところも、
彼は丁寧に正攻法、真っ正面から頑張ってしまうのだ。

故に倒れ、連絡が途絶え、こうやって回収作業に自分やまたは他の獄卒が駆り出されることになる。

自分達獄卒は存在こそ消えやしないが、
重大な怪我を負えばしばらくは「再起不能」という状態になるのだ。



「わかりました。すぐ準備しますね」



カレーはちゃんとかき混ぜてやれなかったが、まあ仕方ないで許して欲しい。

エプロンに手をかけ答えると、肋角さんは満足げに笑った。



「よし、ではカレーは俺が見ておこう」

「うぇ!?」

「お前のことだから、夕食までずっとかき混ぜているつもりだったんだろう?」



かき混ぜるくらいやっておいてやると笑う我らが自慢のお父さんに、
宮餌は瞳のキラキラが止まらない。

肋角さんが手を掛けたとなっては、仲間達も大喜び間違いなしだろう。

これは明日のうどん用のルーは残らないのではないか。



「え、え、本当にいいんですか」

「ああ。行ってこい」

「は、はい!有難うございます!
すぐに帰ってくるんで!」



一旦厨房に戻り、“相棒”を片手に駆け出し自身の部屋に戻る。

脱いでいたエプロンを置いて、
深暗い緑の獄卒服に袖を通し、
縛っていた髪を解いて帽子を深く被った。


さあ、仕事だ。
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