cherry side&parallel
□超絶ロマンチスト
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夕日が辺りを赤く染めていた。
キッチンから響く包丁の音が、懐かしさを運んでくる。
「あれ、桜ちゃんだ」
エプロンを身につけてそこに立っていたのは、桜ちゃんひとり。
「あ、椿くん、お帰り。おつかれさま」
「なんだ、きょーにぃかと思った」
「なんだとはなによ」
かわいいほっぺたがぷっと膨らむ。
「違う違う!そういう意味じゃなくって。
包丁の音がさ、こう、こなれてたから」
緩くハーフアップにされた頭を、ごめんごめんと言いながらカウンター越しにポンポン撫でる。
桜ちゃんは口を尖らせたまま、再び手元に視線を落とした。
トントントンと、リズミカルに響くBGM。
「椿くん、今日早かったんだね」
「うん、珍しく予定通り。
なに、俺に早く会えてうれしい?」
……あれ、沈黙。
「オレはちょーうれしいけど?」
……あ、ちょっと照れてる。
カウンターにもたれて、桜ちゃんが料理する姿をじっくり見学。
「桜ちゃん、料理だいぶ上手になったよね」
「ほんと?右京さんからはまだダメ出しばっかりだけど」
「ああ、アレでしょ。
きょーにぃ、初めて桜ちゃんとメシ作ったとき、あまりの下手クソさに卒倒しかけたってやつ」
「それはっ、侑介くんが大袈裟に言いふらすから」
真っ赤な顔で否定する桜ちゃん。
だいじょーぶ、オレは全部食べてあげたでしょ?
後片付けだけじゃなくて、こうして時々夕飯作りも手伝うようになったのは、オレと付き合い始めてしばらくしてからだったかな。
“オレのために、料理べんきょーしてる?”
聞きたいけど、恥ずかしいからやっぱ聞かない。
「今日のゴハン、なに?」
「ん、今日はカレー」
「マジ?オレ、桜ちゃんのカレーちょースキ☆」
「うそ、そうやって調子いいこと言うんだから」
そんなこと言いながらも、桜ちゃんはちょっと嬉しそうで。
「ほんとだよ。桜ちゃんが作ってくれたものはぜーんぶスキ☆」
「…もう、バカばっかり」
キッチンに入って、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出す。
プシュッという音を聞いた桜ちゃんの目が輝いた。
「飲む?」
「うん!」
両手が塞がった桜ちゃんに、横からビールを飲ませてあげる。
露になった首筋。
なんかイヤラシイなと思って、唇の端から零れたビールをちゅっと吸いとった。
「やだ、ちゃんと拭いてよ」
ベトベトすると文句を言うから、もっかいぺろっと舐めてやった。
キッチンとダイニングの灯りを点けて、窓辺に寄って外を眺める。
すっかり夜の帳が降り、デカい窓には自分の姿とキッチンに立つ桜ちゃんが映っている。
鍋がグツグツと煮える音。
漂ってくる美味しそうな匂い。
あー、なんか、いいな、こーいうの。
「ねー、桜ちゃん」
「んー?なに?」
ガラスの向こうに話しかける。
手元を見たまま振り向かない桜ちゃん。
くるりと方向転換し、もう一度話しかけた。
「ねぇ桜ちゃん。オレの夢、聞いてくれる?」
「え、夢?」
やっと手を止めてこっちを向いた桜ちゃん。
ああ、いいな。やっぱりいい。
「オレ、桜ちゃんとずーっと一緒にいるよ。
よぼよぼのシワシワの、じーちゃんとばーちゃんになっても側にいる。
絶対ひとりになんてしないよ」
突然何を言い出すの?って顔されたけど、構わず続ける。
「でもオレ、桜ちゃんがいないと生きていけないからさ。
オレは桜ちゃんより1日だけ長く生きるよ。
それが、たった今出来たオレの夢」
「……え、椿くん」
まるで鳩が豆デッポウな顔をして、ぱちくりと瞬きを繰り返す桜ちゃん。
「桜ちゃん。
オレのお嫁さんになってよ」
もう一度ゆっくりと瞬きをした、大きくて澄んだ瞳。
そこからキラキラとした雫がこぼれた。
大好きなきみに初めて話す、未来の話。