cherry side&parallel

□時には羊も嘘をつく
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「暑いですね…」
隣に腰を下ろした彼女が、ぱたぱたと手のひらで顔を扇いでいる。

空調も止まったのだろう、エレベーター内はひどく暑い。
雨に濡れた服が張りつき、不快感が募る。







「えっ、う、右京さん!?」

立ち上がり服を脱ごうとする私の姿に、彼女が戸惑いの声を上げた。

ジャケットを鞄の上に置き、シャツのボタンを上から順に外していく。
張り付いた両腕を引き抜いて上半身裸になり、そして…

『ジャッ』

ずぶ濡れのシャツを絞ると、足元に大きな水溜まりが出来た。



「そんなに濡れていては気持ちが悪いでしょう。あなたもいかがですか?」

「いえ、わたしは、だ、だいじょうぶです」

頬を赤らめ、胸元でブラウスを握る彼女。
その姿を見下ろしながら絞ったシャツに腕を通す。
先程よりはいくらかましになったが、不快なことに変わりはなかった。






「では、これでいかがです?」

上3つのボタンは開けたままで再び彼女の隣に腰を下ろし、眼鏡を外して傍らに置く。
すると彼女はきょとんとしながら、眼鏡とわたしを見比べた。



「私はこれを外すとほとんど何も見えません。桜さん、ここであなたが服を脱ごうが何をしようが、ね」

そう言い肩をすくめて見せると、彼女は目を真ん丸に見開いて赤くなった顔をより紅潮させた。



さて、彼女はどうするか。

眉間に皺を寄せてじっとこちらを見つめる彼女。まるで何かを推し量っているように。

暫くそうしてから、彼女はその細い指をボタンにかけた。




背を向けてブラウスを脱ぎ、両肩を晒す。
後れ毛がうなじに張りつき、白い肌に一本の線を描いていた。

明るい笑顔と太陽が似合う彼女だが、いまは仄暗いオレンジ色の照明に照らされている。
深く落ちた陰影が彼女の姿を妖しく彩っていた。
暑さと充満する湿気とが、彼女の女の香りを立ち上らせる。


思わずその背中に手を伸ばした。


















そそくさとブラウスで身を包む彼女。
伸ばした私の右手は、柔らかい肌に触れることなく空を切った。

彼女は脚をくの時に曲げて腰を下ろし、再び顔を手のひらで扇ぎ始める。
その姿を横目で確認しながら、気付かれないようそっと溜め息をついた。








「まだでしょうか、警備会社の人…」

エレベーターの隅には2人分のシャツが作った水溜まり。

「きっともうじき来ますよ」

傍らの眼鏡に手を伸ばす。たいして度の入っていない、その眼鏡に。

 
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