cherry side&parallel
□時には羊も嘘をつく
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にわか雨に襲われてずぶ濡れになりながらマンションにたどり着くと、そこには同じように水を滴らせながらハンカチで顔を拭う彼女がいた。
「あ、おかえりなさい右京さん」
私の姿を認めると、そう言って顔を綻ばせてくれる。
そんな彼女に想いを寄せるようになったのは、いつからだったろうか。
「ただいま戻りました。
あなたも降られましたか」
「ええ、すっかり。
ゲリラ豪雨ってやつですね」
聞き慣れた気象現象の名を口にして、彼女が眉を下げて笑った。
濡れた白いブラウスが肌を透かしていることに、彼女は気付いていない。
ガラス越しに外を見やると、雨は益々強くなるばかりのようだ。遠くで雷鳴が低く響いている。
静かにエレベーターの扉が開く。
「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます。右京さん」
彼女を先に乗せてからリビングのある5階のボタンを押した。
ゴウンという機械音とともにかかる僅かな重力が、2人の間に沈黙を作った。
エレベーターが3階を通過した。
振り向いた彼女の姿が視界に入り、私もそちらに視線を移した。
彼女が淡い桜色の唇を開こうとした、まさにその時。
バリバリバリバリッ
「きゃあぁぁっ」
「っ、桜さっ」
天をも引き裂くような轟音とともにエレベーターが激しく揺れた。
咄嗟に彼女の腕を引き寄せて、その小さな頭を胸に抱え込む。
それと同時に、ジャケットの両脇を彼女にぎゅっと掴まれた。
揺れはすぐに治まった。
目を開けると、蛍光灯は消え非常用の薄暗いオレンジ色の照明が灯っていた。
「…なんですかね、今の」
「おそらく雷が近くに落ちたのでしょう。停電のようです」
エレベーターの電光表示は消えていて、行き先フロアーや開閉ボタンを押しても、全く反応がない。
「もしかして、閉じ込められちゃったんですか…?」
不安げな表情をした彼女が、後ろから覗き込んでいる。
「今非常用のスイッチを押しました。20分ほどで警備会社の人間が来ますよ」
おろおろと慌てる彼女を何とか宥めてエレベーターの中央に座らせ、自分もその隣に腰を下ろした。
「そんな不安そうな顔をしないで…わたしが付いていますから」
「右京さん…」
そっと彼女の頭を撫でると、彼女は目を細めて視線を落とした。
彼女の長い睫毛の影が、まるで雨のように頬に落ちた。