cherry side&parallel
□snow dance
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「あ、雪」
雑踏のどこからか聞こえてきた声。
冷たい風が吹きすさぶ中、足を止めて空を見上げると、小さな小さな白い塊が逃げ場もなく降っていた。
今朝の予報では降るのは9時過ぎからだと言っていた。こんなに早く降るなら図書室になんて寄らなかったのに。
「ついてないな」
予報を恨めしく思いながら、折り畳みの傘を開いて足を速める。
早く家に帰ろう。カーテンを閉めて目を閉じて。
明日は休みだから、寝てしまうのもいいかもしれない。
自宅へ続く最後の角を曲がったところで、1人の女性の後ろ姿が目に入った。
赤いコートと明るい色の長い髪。
傘もささずに俯きがちに歩く彼女に、数歩駆け寄って声を掛けた。
「桜さん」
「あ、祈織くん、お帰り」
頭上に傘をかざすと、彼女は赤くなった頬を緩めて微笑んだ。
寒そうに両手を擦り合わせる彼女。
傘を左手に持ち替えて一歩寄る。小さい傘だから、自然と肩が触れ合った。
「桜さん、傘持ってなかったんだ」
「あ、えっと、うん…」
なんとも歯切れの悪い返事。彼女にしては珍しい。
「どうしたの?何かあった?」
きょろきょろと視線を泳がせる姿は、いたずらの発覚を恐れる子供のようだ。
「僕には、話してくれないの?」
瞳を捕らえてじっと見つめると、とうとう彼女は観念し、実はね、といって話し始めた。
「実はね」
「うん」
「見つけちゃったの」
「うん、なにを?」
ちょうどマンションのゲートにさしかかった。唇をきゅっと結んだ彼女が、意を決したように口を開く。
「…ネコ、見つけたの…」
駅とマンションの中程にある、巨大なパンダの遊具が特徴的な、通称『パンダ公園』。
仕事の帰りに通りかかったそこで、彼女は捨て猫を見つけたという。
寒さに震えるネコを不憫に思い、彼女は持っていた傘をネコの元に置いてきた。
「…今日は風が強いから、傘が飛んでいかなきゃいいけど」
はっと、彼女が息をのんだ。
大きな瞳を見開いて僕のことを見上げてくる。
「どうしよう、祈織くんっ」
言うや否やぱっと身を翻し来た道を引き返す。
「わたし、やっぱりみてくるっ!」
だっと駆け出した彼女。
「待って、桜さんっ」
つられて僕も後を追った。
一体どうしてなんだろう。今日は早く帰って一人になりたかったのに。
易々と彼女に追いつき、そして辿り着いた公園。
置いてけぼりのパンダが寂しげな笑みを浮かべている。
ベンチの後ろ、赤い傘の陰に隠れて、真っ白な子猫がうずくまっていた。
「かわいそう、こんな寒い日に」
まだ歯も生えいない子猫を彼女が抱き上げた。
猫はといえば、瞳をうるませ、そんな彼女を見上げている
「ねぇ祈織くん。今日だけこの子、連れて帰ってもいいかな」
「そうだね。右京兄さんに見つからなければ大丈夫だと思うよ」
それを聞くと彼女はぱぁっと顔を輝かせ、よかったね、ネコちゃんと頬ずりをした。
「寒いから…帰ろうか、桜さん」