cherry side&parallel

□summer school
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海の日が過ぎると、学生さんたちは夏休みに入る。



「さぁちゃん!おはよう!ボク一番!?」
「おはよう弥ちゃん、早いね、一番だよ。
ちゃんと朝ごはん食べてきた?」

いつもは学校が終わってから顔を出す弥ちゃん。最近はこうして朝一番にやってくる。
(おかげでわたしも少し早起きしなきゃだけどね)




「おはようございます、桜さん」
「ウーッス」

「おはよう、絵麻ちゃん、侑介くん」

少し後れてやってくるのが絵麻ちゃんと侑介くん。学校では2人は同じクラスなんだとか。
同じ教科書の同じページを開く姿は、なんだか見ていて微笑ましい。

絵麻ちゃんと弥ちゃんがソファーに座り、侑介くんは大きな作業台でキャスター付きのチェアーに腰かけている。

これがいつものメンバーだ。
だけどこの日は、少し違った。









「おねーさん、ベンキョー教えてよ」

「ふっ、ふぅっ、風斗きゅん!」

まさかの来客、風斗くんの登場に思わず声が裏返る。
(“きゅん”だって、ハズカシイっっ)


「なにここ、託児所かなんかなの?」
彼はそう言って笑いながら、座っている侑介くんを押し退ける。
「どいてよ、ボクが座るんだから」

「なんだよ、ったく」
よろけて立ち上がった侑介くんは
、苦々しい顔をしながらも風斗くんに席を譲る。
優しいなぁ、侑介くん。

「ほら、ここ座っていいよ」
PCのデスクを空けて侑介くんに譲ると、でもよぉと遠慮して彼はなかなか座ってくれない。

「わたしにはこれがあるから」

『じゃーん』と、クローゼットからパイプ椅子を取り出して見せると、
「じゃあ……サンキューな」
と言ってなんとか座ってくれた。
よしよし。ちょっと狭いけど、ごめんね。

わたしはというと、若干風斗くん寄りに椅子を配置。愛してやまない風斗くんの姿が視界にしっかりと入るように。
よしよし。



「ふ、風斗くんは、今日はお休み?」
ほんとに勉強をしにきたのか、教科書とノートを広げる風斗くんは、呆れ顔でわたしのことを流し見た。

「このボクを、そこらへんのひまそーな奴らと一緒にしないでよね。
今日は午後から撮影だから、ちょっと寄ってやっただけ」


「そっか、大変だね。勉強もちゃんとして、ほんと偉いね、風斗くん」
えらいね、すごいね、ほんとえらいね。
新曲もロックテイストでかっこよかったよ。でもわたしはカップリングのバラードも好きなんだ。風斗くんの切ない声がとっても良いと思うの。
なんて、ついつい日頃の風斗くん愛が溢れてしまった。


「…ウルサイな、一般人はこれだからイヤなんだよね」

とか言いながらバサバサと教科書をめくる風斗くん。
その横顔が少しだけ赤くなって見えたのは、わたしの気のせいだったかな。






「ねぇおねーさん、ここは?」

風斗くんに手招きされて近付くと、彼が広げていたのは数学の教科書。


「むむ…」

(まずいわ桜、大ピンチよ。サッパリ分からない。
でも風斗くんにいいとこ見せたいっ)


むーんと教科書と睨みあうこと暫し。


「おねーさん、キレイな手…してるね」

はっっ…

考え込んで机についたわたしの手を風斗くんは片手で掬い上げ、反対の手でスリスリと撫で回す。

「ふっ!?ふっ、ふぅっ!」

「あはっ、なにふぅふぅ言ってんの?
もしかして、ドキドキしちゃった?」

両手でわたしの手のひらをぷにぷにと押したり、指先をきゅうきゅうと揉んだり。そしてまた手の甲をスリスリとしながら、彼はわたしのことを見上げる。

「ねぇ、もっとドキドキさせてあげようか」


ひぃっ、顔が近い、顔がっ!!
羞恥に耐えられずぎゅっと目を閉じる。
(でも嬉しくて死にそうっ)







「こらこら、風斗。桜さん、血圧と心拍が急上昇してるよ」



その声に目を開けると、そこに居たのは雅臣さん。

「ま、ま、雅臣さん。
夜勤明けですか?」
「そうなんだ、ただいま。
いやー、今日も暑いね」


少し疲れの出た顔をぽりぽりとかきながら、それでも笑顔の雅臣さん。

「それにしても…」

彼はオフィスをぐるっと見渡す。

「桜さん、まるで保育園の先生みたいだね」


あははと笑いながら弥ちゃんの隣に無理矢理座ると、
「ちょっとだけ、寝かせてね」
と言って、その直後に安らかな寝息をたて始めた。

「まーくん…、狭いよ…」







「なんなの?あのヘタレ小児科医。ボクのこと、あのヤンキーとお子様と一緒にしないでほしいんだけどっ」

風斗くんは薄い唇を尖らせて、わたしの手をぽいっと投げた。
雅臣さんが、ここをまるで保育園のようだと言ったことに腹を立てているらしい。

「風斗くんも、似たようなこと言ってたけどね」
まぁそんなことはどうでもいい。
ムキになって怒る風斗くんは、この上なくまんまと可愛いのだから。


「ねぇ、おねーさんっ。早くこの問題教えてよねっ」

「あ、そうだったね、ごめんごめん」

再びわたしはちんぷんな数学の問題に取りかかる。

風斗くんに握られた手を、そっと背中の後ろに隠して。


(もうこの手、一生洗わないっ)

 
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