cherry side&parallel
□sunny sunday
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よく晴れた日曜日。
昨日は美和さんの長電話のせいで帰れず、久々にオフィスにお泊まり。
窓を全開にすると、爽やかな風が寝不足の頬を優しく撫でた。
サッシにもたれて耳をすませるとチュンチュンとスズメの鳴く声が聴こえる。
「んんー気持ちいいなぁー…」
天気の良い日曜日の早朝。せっかくだから有意義に過ごしたい。
「…そうだ、おふとんでも干すか!」
右京さんに相談をしたら屋上を使わせてくれるという。
「ちょうど絵麻さんが洗濯物を干しているところですから、行ってみてください」
だそうだ。
両手で抱えると前も見えなくなるくらいな、白いカバーのかかったおフトン。
よろめきながらなんとかエレベーターの前まで来たけれど、これじゃボタンが押せないよ。
「桜ちゃん、オハヨ☆」
「きゃっ!あ、椿くん!」
まさかこんなに早い時間から人に会うとは思わなかった。
「つっ、椿くん!なんでいるの!?」
「なんでって言われても、ここオレんちだし」
彼は眉尻を下げて笑った。
(た、確かに)
「桜ちゃんこそ、フトン抱えてドコ行くの?オレの部屋で一緒に寝よーよ☆」
「違う違うっ。これ屋上に干しに行くだけ!」
ふーんと言ってニヤニヤと見下ろされる。
「そんなに照れなくてもいいのに。かーいい☆桜ちゃん」
「もう、すぐそういうこと言うんだから」
並んでエレベーターを待ちながら彼の姿を横目で見ると、彼のジャケットはクタクタで、ほんのり夜の匂いがする。
「椿くん、朝帰り?」
「そーなの、カラオケオール。梓にはナイショね、怒られちゃうから」
そう言ってウインクをしながら、彼がわたしの手からおふとんを奪った。
「貸して、持ったげる」
両手いっぱいにふとんを抱えて鼻歌まじりの椿くん。彼はいつもわたしをからかうけど、ほんとはすごく優しい。
でも。
「ちょっと、やめてよっ、何嗅いでるのっ」
…油断大敵だ。
「うわー、見晴らしいいねー!」
「ここらへんは高い建物少ないからね。ヨイショっと」
5階建てのマンションの屋上は想像以上に眺めが良く、吉祥寺の街並みが一望できた。
「桜さん、お早うございます」
わたしたちの声を聞きつけたのか、たくさん干されたシーツの中から絵麻ちゃんが顔を出した。
「おはよう、絵麻ちゃん。朝からえらい、ねって…
絵麻ちゃん、それは…」
キョトンとする可愛い絵麻ちゃん。その手元には、真っ赤な小さな真っ赤ななにか。
「あー絵麻チャン、それかなにぃのパンツでしょ☆」
(パンツ!?)
わたしの口はあんぐりだ。
「お坊さんのくせに運気とか気にするんだよね、かなにぃ」
「そうなんですよねー。要さん意外とかわいいですよね!」
見間違えじゃなかった。
まさかと思ったけど、やっぱパンツだった。
「絵麻ちゃんが干してるんだ、パンツ…」
少し顔を赤く染めながらも彼女は、
「初めは驚きましたけどね、今はもう慣れました」
と笑顔で答えた。
シーツの海の奥を覗くと、色とりどりのパンツたちが、気持ち良さそうに風にたなびいている。
うら若き乙女にパンツを干させるなんて。恐るべし、朝日奈兄弟。
「桜ちゃんはどれが一番すき?」
椿くんが、まるでおやつを目の前にした子犬のようにキラキラとした目で聞いてきた。
「どれって…言われてもなぁ」
眼前のパンツパラダイス。
初めこそ戸惑ったものの、いつの間にか男性用下着を食い入るように見つめるわたし。
いえいえ、これは知的好奇心。ファッションを生業とする者、おしゃれはやはり足元と下着からと言うからね。会社ではメンズの服も扱ってる。若い男性がどんな下着を好むかリアルな現状を把握しておくことも重要といえよう。それであるからしてわたしは決していやらしい興味からではなく更なる服飾衣料の向上と発展を目指すべく「ねーねー、どれ!?」
はっ…。
椿くんの顔が目の前ににゅっと現れて我に返る。
普段見る機会のないものだから、ついね、つい。
「んー、そうだなぁ…」
ほらほらーと椿くんにのせられて、一枚一枚パンツをチェックしてまわる。そんなわたしを彼がニヤニヤと見つめていただなんて、その時は知る由もなく…。
パンツチェック1枚目は黒のボクサーパンツだった。
ウエストゴムのブランドロゴはアルマーニ。両脇に黒いラバーの3本ラインが入っていて、シンプルでいかにもオトナな雰囲気だ。
「それはきょーにぃのだね」
「うーん。ぽいね。右京さんぽい」
お次はカラフルな小花柄に水色のパイピングがされた可愛らしいボクサー。
「これ可愛くて、結構好きかも」
「へぇぇー、それはまさにぃの」
椿くんはちぇっと口をとがらせて、不服そうな表情だ。
(雅臣さんの、なんか意外)
「てっきりチェックのトランクスとか履いてると思った」
すると彼は少し機嫌を直して
「桜ちゃん、それってへんけーん」
なんて言って笑った。
お花柄の隣には、白い光沢を放つなんとも神々しいボクサー。
ゴムのところも真っ白で、控えめなグレーの文字でカルバン・クラインと書いてある。
「それ梓の☆」
「なんか…スゴい」
白ってちょっと、セクシーかも。
(想像したらドキドキしちゃう)
顔をパタパタ扇ぎながら次に移る。
そのお隣も白だった。ウサギのシルエットがプリントされてる少し小さめのかわいいパンツだ。
「これ、弥ちゃんのだね、かわいい!」
(良かった、おかげで少し興奮が治まったみたい)
「あれ、全員分のはないんだね」
残るパンツはあと2枚。
「あぁ、昴より下のオトウトたちは自分で洗ってるみたい。おとしごろだからね☆」
「そっか、絵麻ちゃんに見られちゃうもんね」
(つまりオトウトさんのがマトモなのね)
『コソコソするほうがエロい!』なんて自信満々に言い切る椿くんは放っておいて、わたしは残りのチェックに移る。
次のパンツはなかなかのインパクト。
黒ベースのボクサーパンツ。前面の、多分“大事なトコロ”の部分に、大きな口を開けたトラの顔がプリントされてる。
トラの上には『BITE ME!』の文字。
「わたしはこれ、好きですよ!」
隣に立つ絵麻ちゃんが指差す。
『わたしを噛んで』だって。
「それ琉生のだね」
「えぇ!?琉生くんの!?」
ぽやぽやっとした琉生くんがこんなパンツを履くなんて!きっとこれ見た女の子はそのギャップにやられちゃうかも。
(なんて、いけない想像よ、桜)
そして、とうとう最後の1枚。
「やっぱり、これが一番好きかな」
わたしが選んだのは、淡いレインボーカラーのボーダー柄パンツ。虹と雲を型どった刺しゅうのアップリケが付いていて、ヒップにはピンクの文字で“Happy!”と書いてある。
「マジー!?それオレの☆」
「えっ!?椿くんの!?」
よっしゃ☆と言って大喜びの椿くん。
「おめでとうございます!椿さん!」
もう絵麻ちゃんまで拍手なんかしないで!
なんだかとってもハズカシイ。履いてる本人を目の前に『あなたのパンツが一番です!』だなんて。
あー暑い暑い!再びパタパタと顔を扇いだ。
「ていうかさー」
「ん?」
さっきまではしゃいでいたはずの椿くんがなぜか不満げな声を出し、頭の後ろで手を組んでわたしのもとへにじり寄る。
「オレたちのパンツじっくり観察したんだからさ、桜ちゃんもどんなパンティー履いてるか教えてよ」
「わたしはねぇ…って、教えるわけないでしょ!」
彼の肩を叩こうとしたわたしの手は上手にひらりとかわされた。
「桜ちゃん、顔真っ赤!ちょーかーいい☆ 」
「もうっ、からかわないで!」
おふとんあとで取りにくるねと言い残し、急いでエレベーターに飛び乗った。
「はーい、分かりました〜」
のんびりとした絵麻ちゃんの声が、背後から風にのって聴こえた。
翌朝。
「はい、桜ちゃん!オレからのささやかなプレゼント☆」
「なに?どしたの?いきなり」
お仕事前の椿くんに無理やり渡された小さな包み。
じゃーねーと言って彼はすぐに立ち去ってしまった。
「…なんだろ」
ソファーに座って包みを開けると、そこには昨日見た椿くんの虹色パンツが。
『オレとオソロ☆大事にしてね☆』のメッセージカード付きだ。
「うーん、パンツ貰っても困るよ〜」
しかしその夜。
「あれ…、意外といいかも」
椿パンツ(略してつばパン)を装着して姿見の前に立つ。
レインボーカラーにすっぽり包まれたわたしのヒップ。
締めつけ過ぎず柔らかい肌触りで、想像以上の履き心地。パジャマにしたらちょうどいいかも!
「椿くんにメールしとこ」
『ありがとう、ありがたく使わせてもらうね☆』
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『ピンポーン』
「はーい」
真夏のある夜、玄関のチャイムが鳴る。
つばパン装着中だということをすっかり忘れてドアを開けてしまったわたし。
驚愕の表情を浮かべた棗くんにあらぬ疑いをかけられたけど、それはまた、別のお話。