cherry drops

□drops 9
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「侑介くん、お待たせ」
「おぅ」
「行こっか」
「お、おぅ」


夕焼けの朱と藍が入り交じる時間。
2人の長い影は、付かず離れず帰路へ着く。









夕飯を食った帰りに絵麻にからバレンタインのチョコレートを貰ったのが、ちょうど一週間前のこと。
コイツは別になんも言わなかったし、俺もなんも言ってない。
それでも次の日からは、なんとなく一緒に登校するようになって。そんでもってなんとなく、一緒に帰るようになった。



「今日もさみぃな」
「うん、寒いね」
「……」
「……」

って!会話続かねぇし!
意識しすぎて何話したら良いか分っかんねぇ。
半歩後を横目で見やる。
コイツもコイツで、なんか妙に大人しいっつーか。

「どうしろっつんだよ」
「ん?なに?侑介くん」
「別に、こっちのこと」



途切れ途切れの会話を続けているうちに、辺りは夕闇を濃くしていた。
マンションの前へとたどり着くと、エントランスにはランドセルを背負ったままの弥がぽつんとひとり。

「おい弥、なにしてんだ?こんなとこで」

俺の声に振り返った弥は、ランドセルをぎゅっとつかみ今にも泣き出しそうだった。


「弥ちゃん!どうしたの!?」
「おいっ、弥っ。どうしたんだ!?」
「うっ、うっ、うわぁーーんっっ」

ぱたぱたと駆け寄ってくる末の弟。思わず両手を広げたけれど、弥はスローモーションのように俺の脇をすり抜けて、絵麻にぎゅっと抱きついた。

実の兄はガン無視かよ。

「いいよなぁ、ガキは」







「弥ちゃん、落ち着いて。何があったか教えてくれる?」
頭をなでる優しい手付き。弥も涙を拭って顔を上げた。
ま、俺にはこんな芸当、出来ねぇか。



「あのね、さぁちゃんがね、今日は来ちゃダメって言うの」
「来ちゃダメ、って?」
「うん。怖い人が来るから、すぐにおうちに入りなさいって。でもボク、ボク……」
またしても涙を溢れさせる弟の手を絵麻が優しく包み込み、冷たい手、と呟いた。

「弥ちゃん、どうしておうちに入らなかったの?」

「だって、怖い人が来るなら、さぁちゃんのこと守ってあげなきゃって思ったの」

「そっか。弥ちゃん、えらいね」
「弥…」

なんだよ、女に抱きついてメソメソしておきながら。
ちょっと見直したじゃねぇか、ちきしょう。






「その『怖い人』って、まだ桜さんのオフィスに居るのかな?」
「うん、入っていって、まだ出てきてない。ボクずっとここで待ってたの」
「そっか。弥ちゃんが泣いちゃうくらい怖い人なら、桜さんが心配だもんね」

すると弥はううんとかぶりを振った。思わず絵麻と2人、目を見合わせる。

「入っていった人はニコニコ笑ってたよ。眼鏡かけてて、髪は黒くて、背のおっきーい人。
怖い顔してたのは……さぁちゃん」

「え?桜さんが?」
「おっかねぇ顔?」

再び絵麻と目を見合わせると、コイツの顔にもでっかいハテナマークが浮かんでいた。

「あんな怖いお顔したさぁちゃん、初めて見たから……」

うつむいた弥に、何と言ってやったらいいか分からなかった。








オフィスのガラスのドアにはロールカーテンが引かれ、中を伺い知ることは出来ない。

「侑介くん、ちょっと」

手招きされて近寄ると、耳を貸せ、という仕草をしてくる。
少し屈んでやると、手を添えてギリギリ聞き取れる小さな声で話しかけてきた。

ふっとかかる吐息が邪魔だ。



「いま弥くんが話してた男の人って、もしかしたらわたしがこの間会った人かもしれない」

「この間会った?」

「うん、『桜さんの恋人』だって言ってた人。眼鏡で黒髪で背が高くて…って」

「そうか?でも恋人が来たなら、なんで桜サンがおっかねぇ顔すんだろな」

うーんと考え込んだところで、絵麻がクスクスと笑いだした。

「ん?どうした?」
「ふふふ、侑介くんが桜『さん』なんていうから」
「だっ、それは、オメーがそうしろって言うからだろうがっ」
「うんうん、えらいえらい、侑介くん」
「…うっせぇよ」

そこで少し言葉をきって、絵麻が1歩近づいた。
「ねぇ、侑介くん。わたしのことも、名前で呼んでくれていいんだよ?」

「っっっ!!!うっせぇバァカ!」






「わたし、ちょっと気になるな、弥ちゃんの話。桜さんの様子もおかしい気がするし」
「……分かった。兄貴に話してみる」
「ほんと?ありがとう」

ぱっとほころんだ笑顔を見て思う。

『絵麻』なんて、心のなかでなら何億回と呼んでるっつうの。




 
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