cherry drops

□drops 7
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空港には昼過ぎに到着した。

タクシーの窓から見える景色が見慣れたものに変わると、一気に帰ってきたという実感が湧いてきた。

ごろごろとスーツケースを転がして、琉生くんとサンライズ・レジデンスのエントランスをくぐる。


「じゃあ後でおみやげ持ってくね」
「わかった、桜さん」
エレベーターに乗り込む琉生くんに小さく手を振って見送ると、彼も笑って応えてくれた。

オフィスの鍵を開けようとしたところで、ドアに挟まれた見慣れぬ赤い封筒が目に入り手を止める。
「なんだろ、これ」
表には『招待状』とある。
裏返してみると、そこに書かれた差出人は『朝日奈 弥』となっていた。



しんと冷えきったオフィスで、丁寧に封筒を開く。
中には切り絵のサンタクロースとトナカイがあしらわれたカード。カラフルな文字が弾むように描かれていた。
「朝日奈家クリスマスパーティーへのご招待、だって」
コーヒーを飲みながら、1人呟く。
カードの細工のクオリティーの高さからすると、きっと絵麻ちゃんも手伝ってくれたのだろう。
(かわいい、嬉しいなぁ)
2人並んで楽しそうに机に向かう姿が目に浮かぶ。

「23日、日曜日、18時から、か」

そこではたとカップを持つ手が止まる。



23日……、それって、今夜だ!








急ぎの仕事を片付けて、お湯に浸かりたいところをシャワーで済ませて、朝日奈家へと向かった。
時間には少し早いけど、きっとお手伝いすることもあるだろう。
5階のインターホンを押す。

「はーいっ、どちら様ですか!?」

(あ、この声は弥ちゃんだ)

インターホン越しに返事をする。
「ご招待ありがとう、弥ちゃん。桜です」


するとドアはすぐに開いて、弥ちゃんが飛び付いてきた。
「さぁちゃんっ、おかえりなさい!!」
「ただいま、弥ちゃん」

にこにこと嬉しそうな笑顔をくれる弥ちゃんに、思わずわたしの顔もほころぶ。
おかしいな、たった5日離れただけなのに、ものすごく久しぶりにこの笑顔を見た気がする。

弥ちゃんに手を引かれてへフロアーへと進むと、キッチンから出てくる右京さんと絵麻ちゃん、そしてツリーを飾っていた侑介くんが出迎えてくれた。


「ただいま帰りました。みなさん、ご迷惑をおかけしました」
心を込めて、深々と頭を下げた。

「おかえりなさい、桜さん」
「べつに、迷惑なんかじゃなかったけどな」
クリスマスらしい赤いワンピースを着た絵麻ちゃんと、ちょっと頬を染めた侑介くん。
留守の間弥ちゃんの面倒を見てくれた2人には、今度特別にお礼をしないと。


「無事でなによりです。おかえりなさい、桜さん。
琉生のこと、ありがとうございました」
いつものように、優しく目を細める右京さん。

「右京さん、いろいろご面倒をおかけしました」
彼には緊急のトラブルの対応をお願いしていた。幸い何事もなかったようだけど、ほんと、右京さんには頭が上がらない。

「さぁ、そんなところに立っていないで手伝って下さい」

手を差し伸べてくれる右京さんと、絵麻ちゃんや侑介くん、そして弥ちゃんに迎え入れられて、わたしは暖かいリビングへと足を踏み入れた。
通いなれたはずの空間が、今日はとてもかけがえのないものに感じた。










お料理の手伝いを始めたものの、早々に右京さんから戦力外通告を受けたわたしは、侑介くんのお手伝いでツリーの飾りつけ。
わたしの背丈ほどのもみの木。そのてっぺんに、侑介くんにだっこされた弥ちゃんが一際大きい星のオーナメントを飾る。


「えっ、あのクリスマスカード、侑介くんが手伝ったの!?」
「あのね、ゆうくんはね、すごいんだよ!」
「ま、まぁな」
じゃれつく弥ちゃんを首に巻き付けながら、鼻の下をこすって照れ笑いをする侑介くん。

「意外っ。侑介くん器用なんだねっ」

彼の肩を叩くと、そんなことねぇよといってポリポリと頬をかきなが、少し声を落として言う。
「あんなのがクリスマスプレゼントにはなんねぇかもしれねぇけど。その…他のヤツにプレゼント買ったらちょっと金欠でよ」
だからあれで勘弁な、と。

「そっか、絵麻ちゃんにプレゼントかぁ」

「……って、バカっ、あいつにだなんて言ってねぇだろっ」
慌てふためく侑介くん。
「侑介くん、顔真っ赤!」
「ゆうくん、顔真っ赤!」
ねーと弥ちゃんと顔を見合わせる。侑介くん、耳までゆでダコになっていた。





(あれ、でも、マズいな)
そこでようやく気付く。
プレゼントなんて用意していない。
ここ数日はフランス行きの準備で慌ただしくて、思い付きもしなかった。

自分のことでいっぱいいっぱいだったんだ、わたし。どうしよう…

もやもやと悩んでいると、「桜さん」と背中から声を掛けられた。

「あ、琉生くん」
どうやら彼もおフロを済ませたらしい。頬はほんのりピンク色、髪はわずかに濡れている。
そんな彼を見て閃いた。
(そうだ、とりあえず、応急処置だ)

「琉生くん、ちょっと手伝ってもらえる?」


きょとんとして首をかしげる琉生くんの手をひいて、小走りでエレベーターへと向かった。

 
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