艱難汝を玉にす

□閑話
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鳥の囀りが耳を擽る。けれど疲労が溜まった体はまだまだ休息を求めていて、目を開く事なく寝返りを打とうとした…のだけれど、体の上に乗る何かが邪魔で上手く体が動かせない。

それに眉根を顰めながら、じんわりと自分の体温を上げていく夏の暑さに薄く目を開いて、思わず瞠目した。何故だか視界は真っ暗。



ーー…まだ夜?




ーー…んな訳ない。



まだ寝ぼけているのだろうか、自分の問いに自分で突っ込んで漸くこの状態がおかしいと理解し、目を開いて新鮮な空気を求めるように上を向いた。



「え…竜二?」



そこには安らかに寝ている嘘つき陰陽師、竜二の顔。そしてよくよく自分達の体勢を見てみると、既に暑かった室内の温度が更に熱されたような感覚を覚えた。


…取り敢えず落ち着こう、と一つ深呼吸を吐いて、昨夜寝るまでの記憶を遡る。…昨日告白して抱き締められてからの記憶が滅法ない。連日の戦いに新しい力と極度の緊張は私を夢の世界へ誘ったらしかった。ていうか立ちながら寝るってどうよ…と思わず溜息を吐く。



「…寝顔はあんまり変わらないのにねぇ……」



と竜二の髪にそっと触れる。こんなに安らかに眠る彼を見るのは久しぶりだ。
ふと竜二の肩越しに机の上にある時計を見ると、既に十時を過ぎていた。流石に昨夜宴会があってもそろそろ皆起きてくる。しかもこの状態を誰かに見られるのは非常にまずい、と体を起こそうとするものの竜二の腕が回っていてそれもできない。



「竜二、起きて?」



しかしこんなんでこいつが起きようものなら普段から私は苦労していないのだ。もちろん無反応を貫き通されるので胸板を叩く。



「竜二!誰か来ちゃうから起きて!」



そこで漸く少し目を開けるものの、回っている腕は離れず寧ろ強くなる。



「…なに、どうしたの竜二」

「別に」



こうなったらもがいても仕方ないか。力を抜いてまたベットに横になり、竜二の顔を見る。それにしても竜二がこういう行動をとるのが意外だ。



「…なんか竜二可愛いね」

「は?」



と一人クスクス笑う私を睨む。これ以上機嫌が悪くなってしまわないようにと話題を変えた。



「竜二がここまで運んでくれたんでしょ?ありがと」

「立ったまま眠るなんて美桜は器用だな」

「失礼な。疲れてたんですー」



と他愛のない話をしながらふとある疑問を持った。私は宴会の時確か着物を着てたはず。なのに何故今は寝巻き用の着物をちゃっかり着ているのだろう。まさか…



「…私の服替えたの竜二?」



そう聞けばニヤリと口角を上げる竜二に、顔が真っ赤になった。口がパクパクと音を出さず開閉すれば頭を撫でられる。



「残念ながらオレじゃねぇよ。女中さんに頼んだ」

「な、なんだ…」



と力を抜けば竜二の顔が耳元にきた。そして囁かれた言葉にまた顔が真っ赤になる。



「ま、寝てる途中に着崩れたのはなおしたがな」



勝ち誇ったように意地悪く笑う竜二に私は恥ずかしくて胸板に顔を押し付けた。とても今は目なんて合わせられない。



「竜二のバカ…変態…」

「オレはなおしてやっただけだろーが」



そんな中、ふと廊下から小走りな足音が聞こえてきた。誰かな、と思いながらも特に気にせず目を瞑れば、それは段々近づいてきて、止まったかと思えば勢いよく襖が開いて私と竜二は目を見開いた。そこに立っていたのは竜二の実妹、ゆらだったのだ。



「竜二兄!美桜義姉どこか知らん⁉どこにもおら…って義姉ちゃん?」



何秒間か間が流れる。ゆらは惚けた顔でこちらを見ていた。



「ゆ、ゆら…?」

「勝手に部屋入ってくんなっつったろ」

「ハ、ハイ…」



そろそろと襖が閉まる。けれど次に勢いよく足音が遠ざかっていき、「竜二兄と美桜義姉がー‼」という声が屋敷中に響き渡った。



「「ゆらっ‼」」



という悲鳴に近い二人の声が響いたのはその直後。



「あのガキ…後でお仕置きだな」

「というかどうすんの⁉絶対あらぬ誤解を受けた!」



もうこの部屋から出たくない。いやいっそのこと何処かへ逃げてしまいたい。しかし今日から京妖怪の残党処理が始まり逃げるなんて到底無理な訳で…



「…最悪……」

「取り敢えず起きるか。今の内に服着替えてこい」



と起き上がりばれないように部屋へ戻り仕事服へ着替える。今から想像するだけでも怖い。サボってしまいたい。

その想像通り今日一日二人は本家の者達に囃し立てられ、奴良組の妖怪がこれを機にとまた宴会を開く羽目になった。そして庭では水浸しの屍になったゆらが転がっていたとかいなかったとか。



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