番外編

□災難な日々の始まり
1ページ/6ページ




雀の囀りが聞こえる爽やかな朝。
しかしその穏やかな空気は一人の少女の絶叫によって掻き消された。



「…えーっとお祖母ちゃん、もう一度言ってくれない?」



今、何て言ったの?
己の祖母蘭佳と机越しに向かい合いながらこの家の長女である美桜は、絶叫して何度か深呼吸をした後そう問い直した。


彼女は今日、ここ実家である間家を離れ本家入りを果たす。それは大変名誉な事なのだが、今しがた祖母から聞いた言葉に美桜はそんな事全て吹っ飛んでしまった。



「ですから、貴女は本日花開院様へと本家入りを果たすと同時に



本家の嫡男であられる竜二さんの許嫁になるという事です」



…いいなずけ?許嫁。許婚。結婚を約束した人。将来の旦那様。
エンドロールのようにグルグルと美桜の頭の中をその言葉が過る。それで彼女が黙ったのをいい事に蘭佳は更に畳み掛けた。



「結婚は竜二さんが18に成られた時。その間に親交を深めなさいとの事です」

「ちょ、ちょっと待ってお祖母ちゃん!そんなのあまりに急過ぎるわ!それに何故今なの?私と竜二はまだ12歳よ⁉」



それに蘭佳は口を噤んだ。こうも本家が竜二の…いや本家の才在る血筋を残す事を急かすのは、約400年前に花開院にかけられた【狐の呪い】のためだ。

その呪いによって花開院本家の男児は早世を約束されている。竜二はまだ12歳だが、いつそれが発動するかわからない。
だからこそ大人達は女児の中で最も才在る美桜を許嫁へと指名したのだ。

しかしその事は竜二直々に美桜へ伝える事を固く禁じられていた。
幼い頃父の死を目の前で見た美桜にとって身近な者の死は恐怖だ。あの頃の彼女は蘭佳にとっても見れたものではなかった。

そんな美桜をもう一度光へ連れて戻した竜二に彼女は絶大な信頼を寄せている。もし彼が早世だと知れば、美桜は今度こそ壊れかねない。祖母としても愛孫のそんな姿は見たくなかった。



「…本家に入れば貴女には庇護がなくなるわ。けれど許嫁となれば本家が後ろ盾になってくれます」

「でもっ」

「間家には花開院と直接の血の繋がりがありません。それ故他の分家の方々から疎ましく思われてる事は貴女も知ってるでしょう?
これは花開院と間家の距離を詰め、年々弱まっている慶長の封印に備える意味もあるのです。わかりますね?」



その言葉に美桜は反論を止めた。
…わかってる。この名を持つという事は同時に間家の家紋を、未来を守る責任があるということくらい子どもの私でもわかってる。


間家は能力も特殊で力が強い。それに加えて花開院との血の繋がりがない事でこの400年他の分家からは目の敵にされてきた。それをあえてうちは本家と距離を開け、一定に独立する事で地位を保ってきたのだ。



「まぁ所詮許婚になったところで何をしなくてはいけないなんて事はありません。竜二さんが嫌いな訳ではないでしょう?」

「…はい」

「今はあまり深く考えず修行に励み花開院へ尽くしなさい。もう少し大きくなってお互いが将来を考えられるようになった時にまた向き合えばいいわ」



そう蘭佳が言っても美桜の心中はあまり穏やかではなかった。そりゃそうだ。何が悲しくて自分の将来を、ましてや結婚相手を決められなきゃいけないんだ。しかも相手はあの意地悪で嘘つきな竜二だなんて。



「さて、話はお終いです。早く朝餉を食べてらっしゃい。遅れてしまいますよ」

「はい」



一度頭を下げて廊下に出る。襖を閉めた所で美桜から深い溜息が漏れた。あぁ、本家入りがこんな憂鬱なものになってしまうくらいならいっそ山にでも閉じ籠って修行する方がマシな気がしてきた。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ