英雄恋愛小説

□卒業
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戦いが終わり、日常が始まる。2人は廃病院に帰りついた。
窓を開け、椅子に座り、パソコンを立ち上げる。
ニコは診療台に寝転がってゲーム機を取り出した。大我は椅子を回して、ニコに向き直り、深呼吸した。
戦いは…異常な日々は終わったのだ。いつまでも現実に向き合う事から逃げていては、先に進めない。

「お前…前に18才だと言っていたな」
「うん。それが何?」
「高校は卒業してるんだろうな」
「……」

ニコは起き上がって大我に背を向けて座り、無言でゲームを続けた。

「ニコ?」
「どーでもいいでしょ」
「いいわけあるか!」

大我はニコも腕を掴んで、こちらを向かせた。しばし睨み合い、ニコはふてくされて目を逸らせた。

「いま3年だけど?」
「……」

大我はニコから手を離してため息をついた。薄々気付いていたことだった。
もっと早く確認すべきだと分かっていたが、ニコを手放したくなくて、聞くのを先延ばしにしていた。
黙り込んでしまった大我を見て、ニコは安心させようと笑って見せた。

「大丈夫だよ。ゲーム病で入院中って言ってあるから。嘘じゃないでしょ?それに、もうやめるつもりだし」
「は?」
「勉強しなくても、ゲームで稼げるんだし。私はずっとここにいるから」
「だめだ、帰れ。ちゃんと学校に行け」
「じゃあ、ここから通う」
「…通学時間は?」
「電車乗り継ぎで…2時間くらい?」
「無理に決まってるだろう!ちゃんと家から通え!」
「……」

今度はニコがため息をついた。

「言うと思った。大我真面目だからさあ、これ聞かれたら終わりだと思ってたんだよね。でも、今まで一度も聞かなかったよね。なんで?」
「……」

大我は目を逸らせたが、ニコは逃げるのを許さなかった。

「私にそばに居て欲しかったからじゃないの?聞いたら、帰さなきゃいけないから、聞きたくなかったんじゃないの?」
「……」

ニコは大我の胸倉を掴んで揺さぶった。
「大我は平気なの?私が居なくなって平気なの?」
「平気だ」
「嘘!」

大我の胸に額を押し付ける。涙がこぼれるのを見られたくなかった。

「私は嫌!大我がここで一人ぼっちで居るのなんて、耐えられない!」
「…別に一人ぼっちになるわけじゃない」
「どういう意味…?」

看護婦でも雇うつもりなのだろうか。ニコの顔がこわばった。

「お前がいるだろ。離れて暮らそうが、お前がいる事に変わりはないだろ」
「…なにそれ、意味わかんない」
「俺を1人にしない為に高校をやめる?ふざけんな。お前の人生だろ。ちゃんと自分で歩いて、自分のしたい事を見つけるんだ。その為にも高校はちゃんと出とけ」
「ほんっと大我は真面目でつまんない」

ニコは大我のシャツで、自分の涙を拭いた。大我は正論ばっかり。わかってるよ。こんな理由で高校やめちゃだめな事くらい。説教されるのも、追い出されるのもわかってた。でも、それまでに…何があっても手放したくないと大我に思って貰えるような自分になりたかったのにな。
ニコは顔を上げて、大我を睨みつけた。

「帰ってもいいよ。でも条件がある」
「なんだ」
「私を大我の彼女にして。そしたら家に帰って、ちゃんと学校に行く」
「…は?」

大我が固まる。ニコはかまわず続けた。

「大我を1人にしたくないのは、私が大我の傍に居たいからだよ。追い返すなら、ちゃんと約束して。大我の傍に居ていいのは私だけだって言って」

ああ、言っちゃった。私から言うのは絶対嫌だったんだけどな。でも、もう終わりなんだから、言うしかない。

「…悪い」

大我の低い声に、ニコは血の気が引いた。謝られた。それって、振られたって事?

「何度もはっきり言ってたつもりだったんだがな」

蒼白になったニコに気付かず、大我は顔を背けて言い訳を始めた。

「お前には伝わってると思ってた。すまない」
「…なんの事?」

ニコが震える声で尋ねる。大我は自分の口を片手で覆って、つぶやいた。

「俺は…ずっと前からお前と付き合ってるつもりだった」
「…は?」

ニコは呆然と大我と見上げた。口を隠した大我の耳が赤くなっている。

「何それ…何それ何それ!」

ニコは大我の胸を叩いた。

「言ったって、いつ!?」
「…ラブリカん時に告白しただろ。俺の傍を離れるなって」
「言ったけど、それは私が患者だから…」
「悪かった。遠まわしすぎた」
「ほんとだよ!私、バカみたいじゃん!片思いだと思って頑張ってたのに!」

ニコは大我の胸を叩き続けながら、叫んだ。涙声になっていた。

「ていうか!付き合い始めのラブラブ期とかなしで、帰れって!ひどくない!?」
「いや、お前、安心しきって甘えてただろうが。俺が彼女でもない女を抱っこして撫で回すような奴だと思ってたのか?」
「え…ええと」

ニコの攻撃が止まった隙に、大我はニコを抱きしめた。

「ええと…」

分かってはいたけど。ただの患者にくれる甘さじゃないって、分かってたけど。そうか。大我はずっと私の事、彼女だと思って抱っこしてくれてたんだ。全身がカッと熱くなった。体がガチガチに強張る。あれ?なんで?ずっと平気で甘えてたのに。
捨て身で、べったり張り付いてたのに。あれ?なんか、嬉しいはずなのに…怖い…?どこよりも安全だと思っていた大我の腕の中。
どうしてそんな風に思えていたのだろう。肉食獣に捕食される気分でニコは震えた。
ニコの怯えに気づいて、大我はニコの肩を掴んで、押し戻した。突き離されて不安になったが、何故かニコは動けなかった。

「…わかった。帰る」

ニコは震える声を絞り出した。

「ああ」

大我はニコの頭を撫でて、立ち上がった。惨めな気分でニコは診療台から降り、荷造りを始めた。大我はパソコンに向かいながら、小さくため息をついた。こんな反応になるだろうとは思っていた。
どんなに背伸びしてみても、まだ子供だ。男と2人で暮らすことの意味もわかってない。ちゃんと分からせれば逃られてしまうから、今まで誤魔化して傍に置いてきた。追い出す為に告白するのは、ニコには可哀想だったが仕方がない。ニコにはニコの人生がある。俺が縛っていいものなんかじゃない。
部屋の飾りを外して、荷造りを終えて…ニコは玄関に立った。

「じゃあ、行くね」
「ああ…元気でな」

しばらく黙って立ち尽くしていたが、大我はニコに手を伸ばそうとしなかった。

(怖がってるのがばれてるんだ)

ニコの心がどんどん冷えて行った。怖いけど、でも、こんな気まずいまま出て行くのは嫌だ。彼女にしてもらった意味がない。ニコは大我にぎゅっと抱きついた。

「大我ぁ…」

やっぱり泣けてしまう。私が怖くなくなるまで、ずっと傍にいたかった。
怖いけど好きだよって、分かってもらえるように、傍にいたかった。

「ごめんね、大我。1人にしてごめんね」
「…ばかだな。1人じゃないって言っただろ」
大我は笑って頭を撫でてくれた。.................................

ゲーム病専門花屋医院

大我は患者に微笑んだ。

「安静にしていてください。すぐにオペを終わらせてきます」

廊下にでて、ポケットからガシャットを取り出す。今までは…変身する度にずっと苦しかった。戦いは、あの時救えなかった患者への贖罪だった。
たが、消えた患者の治療に望みが見えてきた今は…戦うたびに思い出すのは、あの眩しいばかりに輝いていた少女の事ばかり。
ニコを追い出してから、連絡を取っていなかった。
ニコからも連絡はこない。
随分と怖がらせてしまったから、仕方がない事だろう。
元気でいるだろうか。幸せでいるだろうか。
…また会う事はあるのだろうか。まだ、俺の彼女でいてくれるだろうか。

「あのー。医療事務の募集見て来たんですけど」

懐かしい声に驚いて振り向くと、制服姿のニコが立っていた。

卒業証書の筒を振って、笑っている。

「帰れ」

大我は苦笑して、ニコに背を向けた。

「お前に勤まるわけないだろ」
「はあ?」
ニコは大我を追いかけて、捕まえた。

「てかまず、卒業おめでとう、でしょ?」

大我は慌てて、ニコの両腕を掴み、壁際に追い詰めた。

「しっ!患者がいるんだぞ」

間近で睨みつけられて、ニコは怯んだ。でも、もう怖がってはいられない。
会えない寂しさの方が、ずっと怖かった。
もう二度と、絶対に傍を離れない。

「はあ?患者を一人きりにする病院とかありえないんですけど」

ニコは大我を押しのけて、病室で寝ている患者に「ごめんなさいね」と声を掛けた。

「向こうへ行ってろ!」
「ねえ、私も働きたい!」

ニコは大我の両頬をはさんで揺さぶった。

「…!いいから、こっちに来い!」

患者の前でもめるわけには行かない。大我はニコをひっぱって、玄関を出た。

「お前は!なに考えてんだ!」
「はあ!あんたが学校行けっていうから、きっちり卒業してきたんじゃない!」
「そうじゃなくて、俺は、お前自身の人生を自分の足で歩いて、したい事を見つけろって言ったんだ。なにも、ここで働く必要はないだろう」

ニコの両腕を掴んで怒鳴りつける。大我に叱られるのも、久しぶり。ニコはにやけたくなるのをこらえて、大我を睨みつけた。

「したい事がこれなんですけど」

ニコはカバンから、紙を取り出した。

「医療事務の資格、通信で勉強して取ってきたんですけど」
「はあ?」
「言ったら大我絶対反対するから、内緒で勉強したの!」

大我は呆然と、ニコの突き出す資格証を見つめた。

「ていうか、何勝手に事務募集してんの!他の奴、雇うつもりだったの?そいつと二人で病院やるつもりだったの?浮気?」ニコは大我の足を蹴りつけた。

そうか。俺が動けなくなっている間に、お前はさっさと歩き始めていたのか。…お前の人生に、俺は居ていいのか。

大我は緩みそうになる頬を引き締めて叫んだ。

「なんでそうなる!仕事は仕事だろ!」
「嘘!どうせ、私は怖くて逃げたとか思ってたんでしょ!」
「……」

大我が黙ってしまったので、ニコは大我に抱きついた。
怖くて逃げたのは本当。
いままで怖くて会いに来れなかったのも本当。
今でも足が震えてる。
でも、怖くても、傍に居たいの。

「…とにかく今はオペが先だ。お前は患者をみてろ」
「…!雇ってくれるの?」
「その話は後だ」

大我はニコを押しのけようとした。

「逃げるな!」

しがみつこうとするニコの肩を両手で押さえる。

「…まったく、お前は…」

大我はニコの唇を掠めるようにキスした。

「……!」
「普通に『おかえり』くらい言わせろ」
「……」

立ちすくむニコを置いて、大我はオペに向かった。


end

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