無窮の月


□第一話 朔
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 この天界で拾われた私は、一体なんなのかと考える。
 表舞台には出ることはなく、ただただ…生かされているだけの命。天帝好みの色の服と飾りを人形の様に毎日つけられて、愛でられているだけ。

「白(ハク)様、来たよ」
「黒(クロ)!!」

 部屋の扉をノックして入ってきたのは私にまともに接してくる数少ない人。名前は漆黒。愛称は黒。亡き母親の意向で女装をしている。天帝の子であるにも関わらず、その事を隠している天上人だ。曰く「権力に興味がない」とのこと。お母様似なのか、女装に全く違和感がないとても綺麗な美少年だ。

「今日はどんなお話が聞けるの?」
「ん?そうだね…この前、人手不足と言うことで西方軍第一小隊のヘルプに行ったんだけど、そこのツートップが面白い人達だったんだ。特に副将の天蓬元帥が掴み所がなくて…」

 彼は一応軍人だ。けれど私の専属の護衛と世話人でも有るため、どの部隊にも配属されてはいない。その事に罪悪感がないと言えば嘘になる。けれど彼と過ごす時間は心地好くて失いたくない。だから何も言えないまま時間が過ぎてゆく。

「フフ…」
「それで元帥は──…って何を笑っているんだ?」


 最近、彼はよく天蓬元帥の部隊にヘルプに行く。そして天蓬元帥の話をよくする。楽しそうに嬉しそうに。

「…楽しそう」
「え?」
「黒ったら、いつも天蓬元帥の話ばかりね」
「──なっ…?!べっ…別に僕は…?!」
「“別に”?」
「──〜〜〜〜っ」

 顔を真っ赤にしながら俯いた彼の黒髪に指を通す。さらさらした絹糸の様な髪は指通りが気持ち良かった。

「…私も、外に出てみたいな」
「…姫様」
「…なんて、ね?」

 叶わない願いだと知っている。そんなのここの上層部が許す筈がない。この白い部屋で、永久に閉じ込められるんだ。

「──姫様」
「なぁに?黒」
「行こう」
「…え?」
「さ、準備して。僕が連れ出してあげる」
「え…?でも…」
「大丈夫だ。僕の式神の変化は完璧だからバレないよ。さぁ、行こう!!桜が綺麗なんだ、見せてあげる」

 こうして、彼は式神に自分と私に化けさせて、私の手を引いた。バレないように窓から出た。罪悪感と小さい好奇心と一緒に。
 初めて出た外はキラキラと色んな光に満ち溢れていて言葉に出来ないくらい、綺麗だった。

「…ねぇ」
「なんだい?白姫」
「どうして、貴方は…」


 私にここまで尽くしてくれるのか──

 何故か聞けなかった。聞いてはいけないような気がした。

「──さぁ、姫様。僕のおすすめの場所へ行こう。桜が綺麗なんだ。あ、これを被って」
「…うん!!」

 私に家族なんていない。否、判らない。周りは忌み子として近寄らない。
 そんな中、彼と“彼女”は私には平等に接してくれる。これが、家族の温もりというものなのだろうか。


 渡された帽子を深く被り人目を避けて外を歩く。不変を生きる天上人達が沢山いて目がくるくると廻りそうだ。小さな小川を抜けて行くと、淡い薄紅の花弁が風に乗って舞ってきた。

「…可愛い」
「姫様、それが桜だよ」
「これが?」
「正確には花弁だけど。あっちに行ったらいっぱい咲いてるんだ」
「──行きたい見たい!!」
「…ハイハイ」

 私が跳び跳ねて言ったからか、黒は私の手を引いて走り出した。私は初めて走ってまるで自分が風のようだと思えた。
 楽しい気持ちで胸が満たされる。嬉しい気持ちで胸が満たされる。満たされてゆく。

「──着いたよ」
「…わ…ぁあ…」

 手を引かれて夢中で走って辿り着いたのは無数の桜の樹。視界に広がる淡い薄紅の華達。


「…綺麗」
「だろう?だから、見せたかったんだ」

 翡翠の瞳で見つめる黒を見つめ返すとふわりと微笑まれた。

「…僕には姉がいたんです」
「…姉?」
「はい。…闘神でした」

 微笑みは消えて、真っ直ぐに真摯に見据えられる。“闘神”は、この天界の不浄な者がなる…殺生を許された者。

「…姉さんは、僕よりとても強かった。そして──…」
「…私に、似ていた?」

 彼は俯くと長い前髪で顔を隠してしまった。そしてゆっくりと小さく頷いた。
 彼は私に嘘をついたりしない。ついたことがない。だから唐突に理解出来た。彼は姉の面影を私に重ねているのか。

「観世音から、話に聞いてたんだ。だからずっと逢ってみたかった」
「…私は、そんなにお姉さまに似ているの?」
「顔は似てない。でも声が、似てる…不思議なぐらい…ごめん」
「どうして謝るの?」
「…だって、僕は…貴女を姉さんの…代わりに見ていて…だから…」

 泣きそうな程に震えた声に私はそっと寄り添った。
 あぁ、なんて優しい子…

「…今でも、私を姉に見ているの?」


 
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