novel
□もうひとつの罪と罰
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1,かの少年の犯した罪とはどういったものなのか。
体がだるい…
こんな雨の中を傘もささずにフードを被っただけで立ち尽くしているからであろう。
さて、これからどこに行けばいいのか…
舞耶姉たちは研究所から脱出出来ただろうが、安全な状況に置かれているとは限らない…
……兄さんは、大丈夫だろうか…
人一倍しっかりしている人ではあるが、情が厚い面もあったりして、流石の俺も少し心配になった。
というか…なんで兄さんがペルソナに覚醒しているんだ。
しかも猫とか…アレルギー大丈夫なのか?
一体誰とペルソナ様やったんだか…
なんてことを考えているのは真っ赤な服に身を包んで、雨の中で路地裏に立ち尽くしている周防達哉。
悲しげな瞳で、灰色の空を見上げる。
目の中に雫が入って反射的に目を閉じると涙が零れるようにそれが頬を伝う。
──兄さん…
違う…あれは自分の兄じゃない…
わかっているのだ。そんなことは…
向こう側と同じ声、同じ容姿…
でも、ちょっと心配性過ぎてこっちが心配になるこちら側の兄。
──『達哉?』
想った人の声が頭に響き目を開ける。
回りを見回したが誰もいない。
当たり前か。
こんな薄暗い路地裏に兄が来てくれるなんて、どんなシチュエーションだ。
頭をぶんぶんふる。
──『こんなところで何してるんだ。風をひくぞ。家に帰っていろ』
厳しいような、でもどこか優しい感じのする低い声が頭に響き、反響する。
何度も、何度も…
やめろ。
何も聞きたくない…
頭を抱えて踞る。
うぅ…と獣のように呻き、ギリギリと音がなるほど噛み締める…
「達哉?」
雨の音が、一瞬聞こえなくなった気がした。
「達哉!こんなところで何してるんだ!!」
次第に耳の聞こえがはっきりしてきた。
バシャバシャと水の中を歩いて来る音がする。
ダメだ…
こないでくれ…
俺は…これ以上兄さんに…
「達哉…?」
自分の目の前で、足音が止まる…
「泣いているのか?」
「っ!?」
しゃがみこんだ兄が自分の顎を掴んでくいっと持ち上げる。
茶色いレンズの奥の目と目があった。
体のダルさなんか一気に吹き飛んで、困惑の声をあげてしまう。
「ぁ…ぅ…」
「大丈夫か?」
違う。
泣いてなんかいない。
思わず兄さんの手を叩いて退け、立ち上がる。
「大丈夫な訳…」ないと言いかけたが、声が出せなかった。
「達哉…」
「…!」
しまった…
本当は強く叩くつもりなんてなかったのだが、反射的に結構強く叩いてしまった…
「あの…ごめ…」
「どこか具合でも悪いのか?」
「…は?」
予想外な反応。
対応に困る。
どうやったら一連の動作で具合が悪いに行き着くのだろう…
「なんで…?」
「熱でもあるんじゃないかと」
「だからなんで…」
と言い終わる前に既に兄の右手は動いていた。
そのまま自分の頬に添えられる。
「顔が赤い…」
「ッつ!?////」
ビクリと反応して肩がはねてしまった。
それでもお構いなしに兄さんは右手をわさわさと頬に擦り付けるように撫でる。
「やはり少し熱いな…そんな格好で雨の中いるからだぞ」
「にい…さ…」
全然違うあんたのせいだと言いたかったが、撫でられるのが気持ちよくて、だんだんと眠気が襲ってきた。
自分が幼かった頃のことを思い出す…
が、実際寝るわけにもいかないので、首を振って振り払う。
「熱なんか、ない」
「嘘をつけ」
「風邪をひいた訳じゃない」
「じゃあなんでこんなに熱いんだ?」
「…」
流石に言えなくてまた黙り込み、俯く。
「兄さんには…関係…」
「…達哉?」
兄さんが心配そうに顔を覗き込んできた。
だから、そういう動作が、こんな感情を作るんだってば。
ふう…と、ため息を吐く。
だが、誰がこんな感情を抱いてはいけないと言ったのだろう。
誰が、こんな感情をぶつけてはいけないと言ったのだろう。
いい加減正直にならないといけない。
こんなことで悩んでても仕方がない。
伝えなきゃ。
伝えなきゃ…
思いきって顔を上げた。
「…ある…寧ろありあり…」
「??僕が何かしたのか?」
なんでか知らないが悪いことをしたのか…と言うような申し訳なさそうな顔をして、兄さんが右手を引こうとした。
すかさずその手を捕まえる。
「あんたのせいだ…」
先ほど思ったことが無意識に口から零れる。
「あんたのせいなんだ…」
「達哉…?」
訳が分からないと言いたげに聞いてくる。
「全部…ぜんぶぜんぶ兄さんが悪いんだ…」
こんな感情も…全部兄さんが…
目で殺すよりも鋭い目で兄さんを見つめる。
自分がどういう顔をしているのかなんてわからなかったが、今はそんなのどうでもよかった。
何故か兄さんが頬を赤くして目をそらしたが、またすぐにこちらを見た。
大切な言葉を紡ぐ。
ひとつ…またひとつ…
「兄さん…」
「なんだ…?」
「目を…閉じてな…」
素直に目をゆっくりと閉じてくれた。
ありがとう、と呟き、伝えたかった言葉を耳元で囁く。
「──」
兄さんが驚いたように口を開けた。
サングラスの奥の瞳は、恐らく閉じたままだろう。
「…ごめ「僕もだよ達哉…」…!!」
兄さんは謝罪の言葉を遮り、閉じるときと同じ速度で目を開ける。
「嬉しいよ」
柔らかく笑顔を作る兄。
そうだ…
俺は…
兄さんにずっとそんな風に笑っていて欲しい…
その顔が、その声が、その仕草が…
全部…大好きなんだ…
「…ぁ…!」
今さら羞恥が襲ってきて、顔が溶けるかと思うほど熱くなる。
兄さんはそんな俺を見て、苦笑してから口付けてきた。
もう甘えないと心の中で誓っていたのに…
それは、ひどく優しいキスだった。
「もっと甘えてくれていいんだ」
──お前は、僕の一番大事な宝物なんだから──
その言葉を聞いて涙を堪えられた自分を誉めたい。
微笑み返して、「もうこの件には関わるなよ」と言うと、「次は必ず確保する」と、今回だけ見逃してくれた。
次の目的地はもう決まっている。
愛しい人に背を向けて歩き出す。
振り返りはしなかった。
なぁニャル…
この罪は、どう償えばいいんだ?
いつの間にか、雨はあがっていた。
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