赤い星と青い月

□Fly Me to the Moon
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なんだか不思議な場所だった。

なぜそう感じるのかは分からないけど、確かにそう感じた。

まるで海の中のような、空中のような、はたまた地上のような。
そんな場所だと。

そこで私は彼と話していた。

もっとも、話していたのか、これから話すのかも分からなかった。

いや、そもそも、彼が誰であるのか、彼が男なのか女なのか、人か人でないのかすらも分からないけど。

なぜなら、私には見えないのだ。


なにも。



目を開けているはずなのに、真っ暗で眩しくて。
真っ黒なのに真っ白で。
暖かいのに寒くて。
立っているのに寝転んでいるようで。
足を付けているのに浮いているようで。
話しているのに口は動いていないようで。
私は普通なのに大きく感じて、でも小さい。

そんな不安定な感覚。

例えるなら、そう、世界がぐるぐるしているのだ。
まるで私が不思議の国のアリスになったみたいに。


「こんにちは」

「こ、こんにちは?」

「ハル…会いたかった」


会いたかった。
そう言って、彼は優しく私を抱きしめた。
抱きしめたのかどうかは分からないけど、なんだか何かに触れた…触れられている(?)気がする。

こんにちは、なのだろうか?
周りは真っ暗だから、夜なのかと思った。
いや、朝とも思えるか?


「ずっと、」


ぽつり、彼が呟く。
私はそれに首を傾げた。


「ずっと、君に会いたかったんだ」


ぎゅ、と私を抱きしめる力が強まった気がした。


訳が分からなかった。

この人(?)は私の知り合いなんだろうか。
でも、私はずっと会っていない人なんていなかった。

だって、私の友達はみんな離れ離れになってなんかいないし、保育園の友達にだって、私を覚えてる子なんていないはずだ。
だって、私だって覚えていないもの。

そんな小さい頃にいた友達なんていちいち覚えてるはずがないし、
そもそも、こんなよく分からない所で会いたかったから会う、なんてこと出来るはずがない。

だってまず、こんな所自体が存在しないはず。

あるとすれば、天国とか地獄みたいなあの世とか、それか夢の中とか。

ありえるわけがない。

私はついさっき寝たばっかだから、死んでなんかないし。
夢の中だとしても、私が自由に行動できることがそもそもの根元だ。

確かに他の子と違って夢の内容を覚えてるし、色もあるし、声も形も分かるけど、夢の中で自分の意志で動くなんてこと一度もなかった。

だから、例え、私の心の奥底に会いたい人物がいたとして、それを夢の中で具現化していたとしても、
私が私の思い通り考えた通り手足を動かせるなんてことは全くもってないし、私の意志を一文字一句間違えずに伝えれることなんてあるわけがなかった。

そう、ありえないはずなのだ。


なのに、それを覆すかのように今、それが行えている。

本当に訳が分からなかった。


「あなたは誰?」

「僕は僕。君が君であるのと同じだよ。もっとも君が僕でもあれば、僕も君ではあるけど」

「………………え、えーっと、どうして、私たちここにいるの?」

「おかしなことを言うね。いるんじゃないよ。君と僕はここにあるんだ。」


もう一度言うけど、さっぱり訳がわからなかった。

君が僕とか僕が君とか、あるとか、なんなんだろう。なんなんだろう。
(大事なことだから二回言ったよ。)

ペ○ソナじゃあるまいし、そんな我は汝、汝は我みたいなこと言われても。
なんなんだろう。私はこの人のコミュニティーを上げなきゃいけないのかな?
嘘だけど。


「えっと、………あ!何で、私に会いたかったんですか?」

「君だからだよ。僕の君だから会いたかったんだ。僕に染まってるくせに染まらない、僕の愛しい子」


そろそろ頭が痛くなってくるんじゃなかろうか。
なにがなんなんだ。
僕って言葉が私の中でゲシュタルト崩壊しそう。


「ああ、僕だけになってくれればいいのになあ、ほんと、憎いなあ」

「え、」


憎いって、さっき言ってたことと真逆じゃないですか?
私の首を包むその手はどうするつもりですか?

にこやか(たぶん)に言う彼にそう思いながら苦笑いする。不思議と恐怖は感じない。

なんで笑えるんだ。自分の神経もおかしくなったのか?
どうしよう自分がよく分からない。


「ふふ、可愛い首。ちっちゃくて細くて綺麗で真っ直ぐで、ちょっとでも握ると、……折れちゃいそう、」

「っ……ぅ、」


ぎゅ、と、彼の片手で首を締められる。
きつく、息が出来ないほどに。

苦しい。だけど、怖くない。
どうして?私、殺されそうなのに。

ああ、夢だからかなあ。


「夢じゃないよ、本当。現実。ね、苦しい?苦しいよね、辛いでしょ。ふふ」

「ぅ、あ、う……ぅ」

「ふふふ、ああ、可愛い可愛い可愛い可愛い。……ね、もっと苦しくなって、僕のこと感じてよ」

「ぃ、う……んぅ」


そっと、もう片方の手が重ねなれて、もう片方でも首を絞められる。
苦しそうに顔を歪めれば、彼は興奮した様子でもっときつく締めた。

ああ、この人、頭が可笑しいんだろうなあ。
こんなことに興奮するなんてイカレてる。

まるで不思議の国の人物みたい。

イカレ帽子屋?ハートの女王?そんな感じの危ない人。

似てるなあ……


「ねえ、ハル。ハル。苦しいよ。助けて。僕を助けて。僕を開放して。君が好きなの。愛してる。助けて」


きつく抱きしめながら、肩に顔を埋めてくるけど、首を絞めることだけは絶対にやめない。

どうしてそんな器用なこと出来るんだろう、この人。
よく分からないなあ。

っていうか、助けてほしいのも、開放してほしいのも私だと思うんだけど。違ったっけ。

ああ、そろそろ意識が朦朧としてきた。
倒れるかも。

じゃないか、……死ぬかも。
まさか最期がこんな恐怖感のない死とは思わなかったなあ。

しかも夢の中とかいう意味の分からない場所で。

あ、いや、夢じゃないんだっけ?確かに、夢だったら死なないしね。


「大丈夫、ハルは死なないよ。こっちに来るだけだよ」

「……、ぅ」


こっちってどこだよ、やっぱ天国なのか?
むしろ天国以外ありえなくないか。

あ、いや地獄もあるのか。でも、地獄は嫌だな。舌引っこ抜かれるって聞いたことある。あと、炙られるとか。
やだなあ。


「だから、死なないんだって。死なないんだから、そんなとこ行くわけないでしょ。そもそも、死んでも行かせるわけないでしょ。永遠に僕のものにしておくもの」


あれ、そういえば、私この人と頭の中で会話してない?


「今気付いたの?今更だよ。……ああ、そろそろかな」

「……?」



「おやすみ、ハル。早く目を覚ましてね」


やっと見えたのは、吸い込まれそうな黒の瞳だった。


私を月まで連れて行って
(君は、僕がずっと焦がれていた人)


title is Song's 『Fly Me to the Moon』

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