レオクラ♂
□innocent lovers.
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拍手SS(キルクラ)の続き。
クラピカは未亡人。
暗いです。
「壊して欲しい」
と、あんたは言う。
「いいよ」
と、オレは返す。
溢れだす気持ちのまま、思いっきり力を込めて抱くと、華奢な身体が本当に壊れてしまうんじゃないかって思えて。
それが怖くて。
だからいつだって優しく抱く事しか出来なかった。
あんたにとってはそれが不満なんだろうって、薄々分かってはいたけれど。
innocent lovers
「…平気?」
キルアは両腕を伸ばすと、ベッドの片隅に腰掛けて、どこかぼんやりと宙空を眺めているクラピカを、背後から包み込んだ。
痛々しいまでに華奢な首筋に、そっと口付けを落とす。
「…ちょっと、強引にしすぎたかも。キツくなかった?」
そう声を掛けると、クラピカが首を回して、その透明感のある大きな瞳で見つめ返してきた。
激しい行為の名残なのか、ほんのりと上気した肌は桃色に染まり、夢中で吸い上げた唇は、瑞々しく光ってふっくらとしている。
(綺麗だな…)
ぼんやりと、そんな事を思う。
「…平気だよ、キルア」
クラピカは、透き通るような声でそう囁くと、伸ばした手の甲でキルアの頬をそっと撫でた。
まるで、地面に落ちた羽根を拾い上げる時のような、優雅な仕草で。
キルアは反射的に、かぁっと赤くなってしまう。
「……子供扱い、すんなよな」
と言いつつも、自然と唇を尖らせてしまうと、クラピカが可笑しそうにクスクスと笑った。
「しているわけがないだろう?」
その返答に、キルアは今度こそ薄い唇の端を吊り上げて、微笑み返す。
「…そうだよな。子供とはあんなことしねぇもんな?」
クラピカその言葉には一瞬だけキョトンとして…、すぐに意味を理解したのか、白かった目元をかぁぁっと赤く染めた。
どこか咎めるような瞳で見上げられて、キルアはますます微笑んでしまう。
「…さっきのあんたさ、スッゲー可愛かった」
「……っ…」
クラピカの細い肩に、額をそぉっと密着させる。
「……また、いつでも呼んで」
「……」
「あんたが望むなら、すぐに駆けつけて、いくらでも抱いてやるから」
クラピカは何も言わなかった。
だが、しばらくしてからその身体をくるりと回して…。
額に、キスを落としてくれた。
それだけで十分だった。
好きだとか。
愛してるとか。
あんたには重過ぎる言葉だって、わかってる
だからオレはいつだって
喉から飛び出しそうになるその言葉を、必死に抑え込むんだ
だってほんとは知ってるから
いくら叫んだって
あんたの心には届かない
いくら待ったって
あんたの中にオレの存在が刻まれることはないんだって
分かってるんだ。
クラピカの最愛の人であるレオリオが他界してから、1年が経過していた。
先日24歳になったばかりのクラピカは、去年よりも少しだけ髪が伸びて、顔立ちも少しだけ、大人っぽくなった。
時は残酷だ。
止まることなく、刻み続けている。
戻れない過去も、忘れる事のできない想い出も、そうやってどんどん、遠ざかって行くのだ。
「キルア」
数日後。
待ち合わせの場所に出向くと、既に着いていたらしいゴンが、席から立ち上がって合図をするように手を降ってよこした。
ここはとある喫茶店の店内。
キルアとゴンは、一ヶ月ぶりに会う約束を交わしていたのだ。
「よ、悪い。待たせたか?」
その身体をするりと椅子の間に潜り込ませると、キルアはゴンの方に視線をやった。
「ううん。大丈夫だよ。オレもついさっき来たばかりだから」
ゴンはそう言って屈託無く笑う。
いくら年月が経とうとも、持ち前の人懐っこさ、無邪気な所は変わる事が無い。
そして彼のそんな一面が、キルアに安心を与えてくれた。
やってきたウェイトレスにそれぞれの注文をし、改めて互いに向き直る。
「キルア、あのさ」
「ん?」
「……最近クラピカと会った?」
(おっと)
ゴンにしては珍しい。
随分と直球だ。
普段ならば、まずは互いの近況報告から入るのが常だったのだが。
よほどクラピカの事が気になっているのだろう。
「んー。昨日の夜かな。会ったぜ、オレは」
「ほんとにっ?」
ゴンが、身を乗り出してきた。
「クラピカどうだった?元気にしてた?」
「…元気に、…かどうかは、アレだけどさ。とりあえずメシとかはちゃんと食ってるみてーだし、……つーかオレが食わせに行ってるようなもんなんだけど」
クラピカは、もともと衣食住にはあまり執着のない人間ではあったのだが、レオリオがいなくなってからは、その度合いが極端に高まっていた。
放っておくと、一週間はモノを食べないのもザラにある。
「気になるならさ、お前も会いに行ってやればいいじゃん」
「……あ、うん。そうなんだけど…」
ゴンの歯切れはやけに悪い。
キルアは椅子の背にもたれかかっていた身体を軽く起こすと、目の前の友人の顔を覗き込んだ。
「何?」
「……クラピカ、オレにはあんまり会いたくないんじゃないかなぁって。……3人揃ったら、嫌でも思い出しちゃうだろうしね」
……彼のこと。
そう言って淋しげに微笑んだゴンを見て、キルアはチクリと胸を痛めた。
(ほら、まただ…)
分かってんのかよ、おっさん。
あんたがいなくなったせいで、ここにもまた1人、傷ついてる奴がいる。
深く深く残された傷痕は、いつまでたっても癒える事はない。
(きっとこれからもずっと、背負って生きてくんだ…)
結局、その日はあまり話も盛り上がらないままに、2人は別れた。
(5時、か…)
腕の時計で時間を確認してから、とぼとぼと歩き出す。
向かう先はもちろん、彼の待つアパートだ。
(待つ、か…)
そこでひとつ、自嘲気味に唇を歪めて、薄く笑う。
(……待って、くれてんのかな)
キルアはふと、クラピカの姿を思い浮かべた。
痛々しいまでに白い素肌と、
風になびく金色の髪の毛。
それらが夕陽に照らされて、オレンジ色に染まっている。
遠くを見るようにして細められた瞳は、どこかを見ているようで、見ていない。
空虚、なのだ。
何も映していない。
まるでこの世界に、映す価値のある物など無いとでも言うかのように。
コンビニに寄って適当に弁当を買い漁ってから、キルアはアパートへと向かった。
入り口に向かいかけた足をふと止めて、頭上を仰ぎ見る。
(あ……)
いた。
クラピカが、そこに。
ベランダの手すりに手をかけて、ぼんやりとこちらを見降ろしている。
……こちら?
いや…
(違う…)
クラピカが見ているのは、自分なんかじゃない。
彼が待ち続けている相手は、自分ではないのだ。
クラピカは待っていた。
毎日毎日、夕方になるとベランダに出て、彼の帰りを。
「……」
ぐしゃっと、手の中にあるコンビニ袋を、握り締める。
(なんでだよ…)
もう帰ってくることはないと、彼自身分かっているはずなのに。
それなのに、彼はああして待っているのだ。
彼がいなくなったあとも、一年の間。
ほんの一日たりとも欠かすことなく。
いつでも。
いつだって。
キルアは不意に視線をそらすと、足早にアパートの入り口へと駆け込んだ。
そのまま、近くにあった階段を駆け上る。
エレベーターを使えば良かったのかもしれないが、何だかそれすら焦れったく思えて。
これ以上彼を1人にしていたくなかった。
慌てて、インターホンを押す。
……反応はない。
もう一度、今度は二回続けて。
「……キルア」
ジリジリしながら待っていると、しばらくして扉の向こう側から鍵を開ける音がして、クラピカが顔を出した。
乱れ気味の髪の毛に、肩までずり下がりかけたシャツ。
以前までの几帳面な彼とは大違いの、だらしがない格好だ。
「…おはよ」
何となく真っ直ぐに彼を見ることができずに、俯きがちに挨拶をしてから、キルアは玄関へと足を踏み入れた。
「…寝てたの?」
こちらに背を向けて、鍵をかけなおしているクラピカに向かって声を掛ける。
「ああ、先ほど起きたばかりだ。本を読んでいたら、少しウトウトしてしまってな」
少しバツが悪そうにそう返しながらも、手で軽く着衣の乱れを整えている。
「…昨日の夜は?ちゃんと寝れた?」
廊下を歩きながら尋ねると、すぐ後ろについてきたクラピカは、曖昧に頷いて返した。
気まずい時に彼がする仕草のひとつだ。
青白い肌に薄っすらと浮かんだ隈を見る限り、ロクに眠れていないのだろう。
だがそれを指摘するのは、なんだかはばかられて。
キルアは結局、話題を変えることを選んだ。
「そういやさ、今夜の夕飯、オムライス買ってきたよ。好きだったよね?」
ちょろっとコンビニ袋を顔の横まで上げて言うと、クラピカがふんわりと微笑んでくれた。
「いつもすまないな、キルア。ありがとう」
その笑顔が、とても綺麗で。
キルアは一瞬だけ、息を飲んでしまう。
だが、慌てて平静を保って答えた。
「…別に。っていうかオレがこうでもしねーと、平気で3食抜いちまうだろ?あんた」
最後の方はわざと、からかうような口調でそう言うと、クラピカは小さく笑って返してくれた。
力のない微笑みだった。
そのまま2人揃って、リビングへと向かう。
「ソファーにでも座ってくつろいでいてくれ。私はシャワーを浴びてくる」
クラピカはそういうと出て行ってしまった。
残されたキルアは、どこか手持ち無沙汰な気持ちになりながらも、言われたとおりソファーに腰掛けた。
何だか身体がやけに重く感じる。
もしかしたらこの部屋の空気のせいかもしれない。
淀んでいるわけでも、濁っているわけでもない。
それなのに、やけに息苦しさを感じてしまう。
ちらりと前方に視線をやると、テレビボードの上に置かれた写真立てが目に入ってきた。
「……」
無意識のうちに立ち上がって、それを手にとってしまう。
そこには、クラピカと、彼――レオリオが並んでいる写真が飾られていた。
服装からして、ハンター試験の卒業パーティの際にでも撮られた写真なのだろう。
満面の笑みを浮かべて、クラピカの肩に手を伸ばしているレオリオの姿がやけに印象的だ。
クラピカはクラピカで、どこか迷惑そうに身体をそらしながらも、その表情は笑っている。
(懐かしいな…、なんか)
そうだ。
以前の彼は、よくこんな風に笑っていた。
何だかそれももう、遠い昔の事のように思えてしまう。
「……」
キルアは写真を元の位置に戻すと、今度はキッチンの方へと向かった。
普通の家庭ならば、キッチンというのは家の中でも1番に生活感の出る場所のはずだ。
それなのに。
明かりもつけず、薄暗いままのその場所は。
アパート中のどの部屋よりも、肌寒さすら感じてしまうほどに、がらんとしていた。
「……」
無言のまま、足を踏み入れる。
1人暮らしにしては大きめの冷蔵庫をみると、その表面にはペタペタとメモが貼られていた。
お世辞にも綺麗とは言えない字で走り書きされたそれらには、伝言のような物が記されていた。
――今夜講義でちょっと帰り遅くなる!飯くわねーで待っててくれよー!
――おはよう。相変わらず朝寝坊か?飯なら冷蔵庫の中に入ってるから、ちゃんと食えよ!
――今夜は早く帰れそうだから、久しぶりに外に飯食いにいこうぜ!またメールする
そんな、本当に他愛のない内容のものばかりだ。
メモ自体も、経年により色褪せてしまっている。
少なくもと、後生大事に貼り付けておくようなものではなかった。
…普通の人間からしてみれば。
だが、クラピカにとっては――
(剥がさないんじゃない。…剥がせないんだ)
全てが、あの時のまま。
一年前にまだ彼がいた時のまま。
時間が止まってしまった家の中で、クラピカは今も1人、生き続けている。