レオクラ♂

□大切なひと 2
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You don't know how much I love you.



誰かを失いたくないと、こんなにも強く思ったのは、生まれて初めての事だった。











◇大切なひと 2◇








ガチャッと扉が開く音がして、レオリオはベッドに寝転んだまま、反射的にそちらに視線をやった。


ここは、船の客室だ。
軍艦島での一件が何とか片付き、今はようやくこうして一息つく時間が与えられていた。

特に大変な目にあったレオリオは体力の消耗が激しく、絶対安静だと言われ先程からこうして1人、割り振られた客室で休んでいたのだ。


「クラピカか?」


「……」


どうも様子がおかしかった。

クラピカは部屋の扉を後ろ手に閉めると、そのままこちらへやってくる事もなく、扉を背に立ち止まっていた。
その顔は先程からだらりと俯いたままで、表情をうかがうこともできない。


「クラピカ?」


再度名前を呼ぶと、ぴくりと肩が揺れたのが分かる。


「……クラピカ、どうしたよ、おい?」


心配になったレオリオは、ベッドから身体を起こし、彼の方に歩み寄った。

まだ足元が少しふらつくが、そんな事よりもクラピカのただならぬ様子が心配だった。


「クラピカ…」


その細い肩に手を伸ばし、ぐいっと引っ張ると、クラピカがようやく顔を上げた。


「!」


その顔に浮かんだ表情を目にして、レオリオがハッ息を呑む。


赤らんだ目元。
キュッと強く結ばれた唇。


大きな瞳はゆらゆらと揺れ、その柳眉は戸惑ったように下がっている。

こんなクラピカを見たのは初めてだった。


「おい、どうした?!何があった?」


流石にただ事ではないと察したレオリオは、語調を荒めて詰め寄った。


(まさか、誰かに何かされたんじゃねぇだろうな?)


実は、第一試験の時からずっと心配ではあったのだ。
ハンター試験に集まったのはどいつもこいつも腕に自身のある猛者ばかりで、しかもその大半が男だ。


クラピカ自身も男ではあったが、それでもその一見女性よりも余程美人だといえる外見のせいで、大勢の男達から目を付けられているのをレオリオは知っていた。

だからいつもそれとなくクラピカの側にいて、周囲に目を配らせていたのだが。

まさかよりによって自分がいない間に何かされたのでは…と嫌な予想が頭の中を駆け巡る。

まぁ何かされたところで、クラピカがそのまま大人しく言いなりになる筈がない事はもちろん分かってはいたが。


…それでも、嫌だった。


彼にはもうこれ以上傷ついて欲しくなかったのだ。

肉体的にもそうだが、それ以上に、彼の心を守ってやりたかった。

一見強固な鋼のような心を持つクラピカの、脆い硝子のような一面を何度も目にしてきただけに、余計にそう思えるのだ。


「…………お前が」


ぼそり。


「…あ?なんだって?」


レオリオは、よく聞こえるように顔を近づけた。
クラピカの揺れる大きな瞳が、見上げてくる。

震える小さな唇がためらうように開いては閉じ、だが再び言葉を紡ぐために開かれる。


「…………お前がいなくなるのは、…嫌なんだ、レオリオ…」


一瞬、思考が停止した。


「……嫌なんだ…」


クラピカは俯いて、繰り返す。
白く小さな両手は、きゅっと服の裾を掴んでいた。

その姿はまるで、行き場を失い、ひたすら戸惑っている迷子の子供のように見えて。

レオリオの胸がきゅっと痛んだ。


次の瞬間。


「……ああもう、しゃーねぇヤツだなぁ、お前はっ」


レオリオはわざと大きな声でそう言うと、手を伸ばしてクラピカの髪の毛をクシャクシャとかき回してやった。

普段通りの彼ならば、ここで顔を真っ赤にして「子供扱いするな!」とか何とか怒ってつっかかってくるのだろうが…。


今日の彼は、違った。


捨てられた子供のように頼りない表情を浮かべて、ただひたすらこちらを見上げてくるばかりだ。

レオリオは彼を安心させるために、再びその髪の毛を、今度は優しく撫でてやった。
そして柔らかい微笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「俺はちゃんとここにいんだろうが?そう簡単にいなくなったりはしねぇよ」


「…………だが…っ」


クラピカは目元をキュッと狭めて、ぶんぶんと首を横に振る。


「……っ…怖い。………怖かったんだ、…すごく…っ…」





――レオリオを、彼を失うのだろうかと思った瞬間に感じた恐怖心。

目の前が真っ赤に染まり、思わずその場に崩れ落ちてしまいそうになった。

ああ、またなのか?

また私は……大切な人を失ってしまうのだろうか?

また、1人になってしまうのだろうか…――





そう考えただけで、震えだす肩が止められない。
息が苦しい。


クラピカは自身の両手で肩をかき抱いた。



と、その時。

不意にぐいっと後ろ頭を押され、レオリオの広い胸に押し付けられた。


「馬鹿だな、お前」


どこかため息混じりの、優しい声色でそう囁かれる。


「…っ、…ば、馬鹿に馬鹿と言われたくはない…っ…」


悔しくてそんな言葉を返してはみたが、声の震えは隠せなかった。
案の定、笑われてしまう。


「…俺はどこにもいかねぇよ。ずっとお前の側にいる。1人にはしねぇ」


ドキッ


「………レオリオ」


ぎゅっとシャツを掴む。
顔を上げると、彼の優しい表情が目に飛び込んできた。


「あたりめーだろ?お前みてぇなのを残して1人で死んじまったら、こっちは心配でオチオチ成仏もできやしねぇ」


レオリオは笑いながらそう言ったが、クラピカは先ほどの状態を思い出して、再びぷるりと体を震わせた。


この試験が始まって以来、気付けば彼がいつも側にいたせいかもしれない。

だからあの時、彼が自分のすぐ隣にいない事に違和感を覚えた。

いや、違和感という言い方は相応しくないのかもしれない。


…ただ単純に、ひどく心細くて。


寂しかった。


レオリオの広い胸に顔を埋めると、とくん、とくんと彼の鼓動が伝わって来た。

暖かくて安心できる腕の中。
背中を撫でてくれる大きな手。


彼に出会うまでは、知らなかった。

自分のような人間でも、こんなにも暖かい気持ちになることができるなんて。

復讐のためだけに生きて、復讐のためだけに死ぬ。
それが自分に課せられた使命のようなものだと思っていた。

それなのに、彼に出会って、生まれて初めて知ってしまった。

安心出来る場所がある事を…。


だが、


(これで…いいのだろうか…?)


自分の中にそんな迷いがある事もまた、確かだ。


救いを知ってしまったせいで、以前のような強い自分ではいられないのではないかと、そう危惧してしまうのだ。

強く、生きなければならないのに。

一人で生きてきた間に身につけた強さを、手放すわけにはいかないのに。


「………君のせいで、私はどんどん弱くなる…」


ぼそりと呟くと、レオリオに髪を撫でられた。


「別に、いいじゃねぇか。弱くなったってよ。俺が守ってやるからさ」


優しい声だった。
まるで温かい物に身体全体を包み込まれているような感じがする。
彼といると、いつもこうだった。
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