☆大まおSS☆

□誘惑のタキシード
1ページ/2ページ


 控室のドアを開けると、黒のタキシードを着た先輩兼親友が、ソファに仰向けで眠っていた。黒革靴を履いた長い脚が、ソファから堂々とはみ出している。
 さっきまで起きていたのに、短時間でこんな風に寝込んでしまうのは珍しい。余程疲れているのだろうか?
『大ちゃん……?』
 呼びかけても返事がない。
 僕はドキドキしながら、そっとドアの内鍵を締めた。

 僕と大ちゃんは年が離れている親友。22歳の僕と三十路の彼。
 けど、それは表向き。
 男同士なのにおかしいと思われるかも知れないけど、僕は大ちゃんのことがずっと好きだった。勿論僕の片想いだし……


言うつもりなどないけれど。
 
 男らしい顔立ちの大ちゃんは、無防備に寝ていても格好いい。
 似合うだろうなとは思っていたが、黒のタキシードが予想以上に似合っている。
 ちなみに僕も、白のタキシード姿……どうしてこんな格好かといえば、バイトだったから、だよ。
 モデルのバイト…
 といっても、そういうプロの雑誌ではないよ。
 父親が経営するデザイナーズカレッジの、デザイン科の卒業制作の手伝い。
 もうじき卒業する生徒達が、自分で作ったウェディングドレスを着て記念写真を撮る。
そこで、

「どうせなら新郎役の男の子と撮ろう」

と誰かが提案したみたい。

 それで、僕が呼ばれた。
 勿論呼んだのは父親。

 最初は、ちゃんとしたモデル事務所の新人モデルを頼むつもりだったという。でも、スタジオを借り、カメラマンや照明係などにプロを頼んだせいで、予算オーバーになったようだ。

「日給1万円出すから。頼むよ、京介〜」

 と、連日頭を下げられて、断り切れずにうなずいた。

「1人がイヤなら、友達誘ってもいいからさ〜」

 その言葉に、少し気持ちが揺れたのもあるよ。

 タキシード姿の大ちゃんを、間近で拝めるチャンスだ。きっと似合うだろう、格好イイだろう。そう思うと、見てみたくて仕方なかった。

「あのさ、今度の休み、バイト手伝ってくれない?」

 下心を隠してそう頼むと、大ちゃんは快く受けてくれた。

 そして、今日がそのバイト当日だった訳なんだ、が――。

 はあ、とため息が止まらない。
 後悔で胸の奥が真っ黒。
 今すぐ暴れて、大ちゃんを撮ったデータを全部、消去してやりたい。そう本気で思う程、悔しかった。
 大ちゃんを相手に選んだ女の子達、みんな可愛い子ばかりだった。
 みんな、手作りの自慢のウェディングドレスを着て、大ちゃんに手を絡めたり、肩を抱いて貰ってた。お姫様抱っこして貰ってる子もいた!

 僕も、頼まれて何人かにお姫様抱っこしたから分かる。女の子って、すごく軽い。細くて、柔らかくて、それから可愛い。
 やっぱり大ちゃんの隣には、こういう女の子達の方が似合うんだ。
 今のところ特定の誰かはいないようだけど――

でも、モテる。親友として側にいると、イヤでも分かってしまう。大ちゃんはモテる。
 今日だって、モテてた。

 「格好いいーっ」

と、聞こえよがしに言われていた。

 大ちゃんはいつか、今日のようにタキシードを着て。ウェディングドレスの女の子と、結婚式を挙げたりするんだろうか?
 僕以外の、誰かと。
その挙式を僕も祝福しているのだろうか。


 ――そんなのは、イヤだ。イヤだ! でも……。

 僕は男だから。ウェディングドレスなど着られないし、大ちゃんと結婚もできない。その前に、好きになっても貰えない。
 こんな気持ちを知られたら、キモチワルイと思われる。分かっている。分かっているから、告白だってするつもりなんかない。
 するつもりはない、けど。

『大ちゃん……』

 僕はもう一度、小さな声で名前を呼び、じっと様子をうかがった。
 タキシードに包まれたたくましい胸は、呼吸でゆったりと上下している。まぶたはしっかりと閉じられ、眉はキリッと凛々しいままだ。
 眠ってる。
 ひとつ深呼吸した後、寝顔から目を離さずに、僕はゆっくりと近付いた。
 足音を殺し、息を潜めて……胸の鼓動を抑え、静かに、そぉっと。

 ゆっくりとソファに屈みこむと、大ちゃんの顔にオレの影が降りた。
 もし気付かれたら、怒られるかも知れない。殴られるかも。いや、軽蔑されるかも。嫌われてしまうかも知れない。
 でも、それでも。
 告白する勇気さえない僕だから。今だけ。一度だけ。

 ……だいちゃん。

 僕はソファにそっと両手を突いて、彼にゆっくりと顔を寄せた。
 お願い、起きないで。
 祈るように目を閉じ、大ちゃんの唇に唇で触れる。
 かすめるような一瞬のキス。
 恐る恐る目を開けると、大ちゃんは深く眠っているようで、ピクリとも動かない。
 なら、もう一度。もう一度だけいいかな?これで最後にするから。

『大ちゃん……』
 これで最後と心に決めて、もう一度、今度はもう少し長く、強く、唇を押し付ける。
 大ちゃんの唇は柔らかくて、少しだけ湿っていた。
 苦しい程嬉しい・・・。
でも、それ以上の罪悪感で死にそう。

 心の中でゆっくり3つ数えた後、名残惜しくも体を起こす。
 いや、起こそうとした、が。
『うわっ!?』
 突然ガシッと拘束され、身動きが取れなくなった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ