■藍屋秋斉■D
□[容]
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ヒロインside
「でも…仕立てて貰う理由がありません…」
お付き合いしているわけでもないし、誕生日やクリスマスでもない。
そもそもこの時代にはあまりお祝い事というのは少ないのだから、それこそ高価な着物を仕立ててもらう理由はないのだ。
「理由が必要?」
ふっと急に若旦那さんの雰囲気が変わったような気がした。
短い言葉を発した後に、ぐっと距離をつめられて耳元に彼の唇が…。
秋斉さん以外の男性がこんなに近づかれるなんてなかったから、私の心臓はどきどきと緊張の音を奏でてしまう…。
「わて…あんさんが気になるんや…」
私にしか聞こえないような小さな声を
その唇を近づけた私の耳の奥へと流し込む若旦那さん。
かすかに吐息が耳たぶに触れて、背筋がゾクリと粟だって…同時にほほに熱が集中する。
「赤うなって、ほんまにあんさんはかいらしいお人や」
くすくす笑う唇が遠ざかっていく感覚にほっとしながら、恨めしげに彼を見上げると
ずいぶんと男の人のような顔つきになっていて思わず言葉を失った。
「わてはあんさんを…
身請けするもりや」
聞きなれない言葉に一瞬私の時間が止まったけれど
同時に身請けという言葉に反応しない遊女がいるわけもなく、皆の動きもぴたりと止まる。
すぐさま揃ってこちらを向く反物を抱えた皆が黄色い悲鳴を上げた。
「きゃー!身請けやて!」
「しかも玉の輿や!」
「名無しさんはん!ええ人捕まえはったなぁ!」
一瞬の静寂の後のこの騒ぎ様に面食らって言葉が出てこない私。
変わりに私の隣では若旦那さんが真っ赤な顔をして慌てていた。
「ま、まだ正式に決まったわけではあらしまへん」
でもうれしそうに言うから、身請けが決まったかのような雰囲気。
どうしていいかわからないのに、どうにかしないと秋斉さんにどう思われるか…。
言葉が出てこなくて、黙ったままの私に聞こえてくるのは黄色い悲鳴達と困ったように笑う若旦那さんの声。
その中に。
「わては許可しまへんえ」
今までずっと黙っていた秋斉さんの声が一本、凛とした強さを持って割り入ってきた。
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