■藍屋秋斉■D

□[容]
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ヒロインside




今日は置屋全体が賑やかな日。



その理由は、半年に一度反物屋さんが色とりどりの反物を持ってやってくる日だからだ。



楼主である秋斉さんが着物を誂えてくれる時もあるけれど、それはあくまで仕事用。



自分の着物を作りたければ、こうやって反物屋さんが尋ねてきてくれる時に選ぶのが常だ。



「こんにちは」



最近お店を継いだという若旦那が暖簾をくぐってやってくる。



前回は大旦那さんと一緒に店周りをしていたけれど、今回からはお店の人を引き連れて一人。



私より少しだけ年が上の彼は、人懐こい笑顔とそのまっすぐな性格で置屋でも大人気だ。



秋斉さんに頭を下げてから、持ってきた反物を広げる若旦那さん。



それに群がる置屋の女の子たち。



「名無しさんはん!ぼんやりしてたらええの取られてしまうで!」



たすきがけをし、腕まくりの花里ちゃんが女の子の群がる中へと突っ込んでいく。



まるでバーゲンセールのよう。



「・・う〜ん…私はまだいいかな」



とてもこの熱気の中入っていくのは無理。



それになにより秋斉さんが用意してくれた着物があるし



まだ充分に着れるわけだし。



聞こえてないだろうけどそう言って皆から一歩下がると、若旦那さんが私の許へとやってくる。



手には1本の反物を持って。



「名無しさんはん、お久しぶりどす」



「お久しぶりですね。お元気でしたか?」



以前置屋に来た時に年が近い事もあって少しだけ仲良くなったからか



ほんのちょっと商売の空気を消し去って私の側で反物を広げた。



「これ、あんさんに似合あうと思って取っておいたんや」



手にされているのは、春らしい淡いピンク色の反物で同系色で派手ではない刺繍が施されていた。



見ようによっては子供に似合うようで、それなのに大人の女性にならなければ着こなせないような不思議な柄。



「私に似合いますか?」



自分ではあまり選ばない色。



いつも花里ちゃんに地味だ地味だと言われている私は、暖色を選ぶ事が少ない…。



「へぇ。せやからこれ、ずっと隠し持ってましたんや」



そう言って。



たくさん人が居る中で、なのに私たちしか居ないような空間の中



若旦那さんは半年前に見た時よりも少しだけ大人びた笑顔でこういった。



「わてがあんさんに仕立ててもええやろか」



それがどういう意味を持っているのか。



一瞬分からなかった私の頭の中で、手渡された反物の感触でようやく彼の本心が理解できた。






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