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□天童
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「司馬さんみたいな人のことを八方美人って言うんだねぇ」

「は?」



日直の最後の仕事、日誌を書くことと黒板の掃除を終わらせてさぁ帰ろうと思った時、唐突にそんなことを言われた。

いきなり放たれたその言葉は明らかに褒められたものではなくて、なのに面と向かってぶつけられてしまったものだから理解するのにたっぷり10秒はかかったと思う。

次に思ったのは「私、この人に何かしたってけ?」と言う単純な疑問だった。



「ど、どうしたの?天童くん」

「ほらそれだよー」

「え・・・」

「無理して俺に笑いかけなくてもいいのに、頑張るよねー。たくさん笑って疲れない?」

「疲れるって・・・そんなこと思ってないよ」



本当だ。疲れるなんて思ったことない。これが普通だ。というか何故いきなりそんなことを聞いくるのだろう。



「そぉ?誰にでもいい顔する司馬さんの笑ってる以外の姿全然見たことなーい」

「(だ、誰にでもいい顔・・・)」



グサッと胸に何かが突き刺さる音がする。流石に頬の表情筋が引きつるのが分かった。え、なんでいきなりこんなこと言われなきゃいけないの。



天童覚、全国大会常連の我がバレー部のレギュラーでゲスモンスターなんて危ない異名を持つ男。

そのくらいしか知らないし、彼だって私もただのクラスメイトととしか思ってないだろう。

今までほとんど話したことのないクラスメイトに突然悪口を言われてすぐに冷静になれるほど私は器用じゃなかった。

そもそもこんなこと初めてだ。

誰かに真正面から否定されたのは・・・



「司馬さんって友達いないでしょ」

「え!?い、いるよ、普通に」

「そーじゃなくてさ、一緒に行動するグループみたいなこと、司馬さんいっつも移動する時は違う子でそれ以外ってぼっちじゃない?」

「そ、そんなこと・・・」



「ないよ」と、はっきり言い切れなかったのはきっとたまたまだ。天童くんが急に変なこと言ってくるから気が動転してしまっただけ。



「て、天童くん部活は・・・「司馬さんさぁ・・・自分がクラスの女子になんて言われてるか知ってる?」・・・」




ほんとうに、なんなの。



つい、心の中でそんなことを思ってしまう。

段々とこの場に慣れてきた頭が次に思ったのは当たり前だが、苛立ち。余りにも意地悪な顔で、さも自分が正しいことをしているかのように言って退けるこの男が単純に嫌だ。

誰にでもいい顔って、愛想は大事なことだし、話してて無表情な人間よりも笑顔な人のほうがいいでしょ。趣味が合わなくても笑って頷いておけば向こうも嫌な思いはしない。

ギュッと拳を握ってなるべく面に出さないように困った表情を務める。



「し、知らないけど。あの、急に大丈夫?私何かした?」

「大丈夫でーす。思ってもないことすぐ口にするのはやめたほうがいいよ。バレてないつもりだろうけど嫌そうな顔が丸見えだヨ?それでさっきの続きね、司馬さんは、周りの人とうまく付き合ってるつもりなんだろうけど実際そんな上手くこなせてないって話」

「は・・・ちょ、ちょっと」



一度に言われすぎて処理が間に合わない。でもとにかく私は凄い悪口を言われていることだけは確かだ。

どうしやって対処すればいいんだろう。

無意識に、そんな事を考えていた。






『どんな言い方をしたら天童くんが変に思わないか』わからない。



「『自分が大切すぎてイタい。相手のことを思っているようで自分が傷つかないように適当に喋ってるだけ』」


「・・・(そんな風に思われてたの)」



なんだ、全然取り繕えてなかったんだ、私。

不思議と天童くんが嘘をついているとは思えなかった。

彼の口から聞かされた事実に愕然としてしまう。その一言で目の前の天童くんの事など頭から消え去り、胸の中にポッカリ穴が空いたような、妙な脱力感が体を襲った。

クラスの皆と仲良くやってると思ってた。親友はいないけど仲の良いクラスメイトは沢山いると思ってた。



「(全部、私の思い違いだっていうの?)」



どうして私が笑ってやり過ごしてやらなきゃいけないんだろう。そう思わなかった事がなかった訳ではない。でも仕方ないと諦めることは簡単だったし、最後は結局まぁ、いいかと流していた。

それなのにーーー



「おーい、司馬さんだいじょーぶ?」



なんなんだろうこの男。

今まで張り詰めていた何かをこの男に揺さぶれるている、そんな錯覚が・・・



「分かったから天童くん・・・。でも、いきなりそんなこと言われてもちょっと困るよ」

「・・・・」



その無言怖いんですけど。

もう怖くて彼の顔を見ることなんてできなかった。

いつの間にか窓の向こうの夕日が沈みそうになっていて、視界の端に映る天童くんの体に大きな影ができている。

バレー部のスポーツバッグを肩から下げたまま机に腰を下ろしている。猫背気味の姿勢なのに私より頭一つ分高い。

不意に顔を覗き込むように天童くんが下から私の顔を見上げてくる。自然と俯いてしまっていたらしい。びっくりして頭を上げ反射的に後ずさってしまった。



「あはは、急に顔が出てきてびっくりした?」

「もう、部活行きなよ・・・」

「あははーやだよ。今俺嫌がらせしてるんだもん」

「いいから早く・・・って嫌がらせ・・・?」



諦めに近い呆れていた思考がピタリと止まった。天童くんの言葉が頭の中で木霊する。嫌がらせ・・・嫌がらせ・・・嫌がらせ?

え?え?え?



「そっだよー。俺好きな子には素直になっちゃうタイプなんだー」

「へーそう、好きな子にね・・・・・・・・・・・・・・・うん?」



おっと、どうやら私の耳が急におかしくなってしまったようだぞ。

聞きたくな・・・聞くには遠慮したい言葉が彼の口から飛び出したような・・・



「え、えぇー・・・」

「うわ、何その反応。それが素?今俺結構勇気出したんだけど」

「あ、うん」

「うんって何なの!!?」

「あ、いや、そうじゃなくて」



この人「好き」って言葉がとことん似合わないなって唐突に思った。



「好きって言葉、似合わない・・・」

「ハ!!?ナンですかソレ!?失礼だな!」

「あ!!なんでもない!い、今のは冗談!」

「ほらそうやってすぐ否定する!いい加減はっきりしなよね!」

「え!だって今失礼って!」

「そうだけどさ、なかったことにされんのは腹立つ!」

「なんなの!?」

「うるさいよ!ムカつく!」



こんなの理不尽だ!訳がわからない。

もういいよ君部活いきなって。

ダメだ彼の前ではいつも笑顔の自分もどこかへ消えてしまう。裏返ってばかりの声を必死に抑えようとするけれど、唐突な告白に頭の整理が追いつかない。

あれ?てか告白!

告白された?今?誰に?天童くんに?

誰が?私が!?



「好きな女子が八方美人なんて嫌じゃん!素が見たかったんだよ!」

「な・・・」


なんて勝手な理由。そんな、天童くんの勝手な思いなんてこっちには関係ないし、ひどい。

しょうもない。なんだか含みのある言葉を交わすくせに拍子抜けだ。



「・・・そもそもおかしい、私のこと八方美人だなんて思ってるならまず好きになる訳がない」

「うるっさいなー、なんとなくだよ」

「な、なんとなく!?」



根拠も?エピソードも?何もなし?

そんなんでよく告白しようと思ったんだか!

相手の気持ちなんて御構い無しに!

天童くんは先ほどとは打って変わってめんどくさそうに視線を逸らしながら頭の後で手を組んでいる。なんじゃその態度ーー!!



「そーいう顔が見たかった」

「顔?」

「真っ赤になって怒ってる顔」

「!」


そんな台詞よく言えるな!高校生じゃないでしょ!



「いいね、それ」



口の端を上げて意地の悪そうな顔でニヤリと笑う天童の口が近づいてきて、


最早私は何も取り繕えずその後どうしたのかは私自身覚えていない。





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唐突に終わります

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