long

□ここからはじまる。
1ページ/2ページ



例えば壁をすり抜けることができるのは要はタイミングだという。
ふとした拍子に、偶然に偶然が重なって意図せずできてしまうのだそうだ。

もしかしたら次元を越える原理というのもそういうことなのかもしれない。

「……ここ、どこ…?」
私は大きな建物の前に何をすることもできず、ただただ呆然と立ち尽くしていた――

話は少しさかのぼる。

生まれも育ちも埼玉県の片田舎。
私は自営業を営むおおらかで陽気な父としっかりもので少し過保護な優しい母のもとに生まれた。二つ上の優しくちょっと理屈的で口うるさい、シスコンの兄が今は一人暮らしをしながら大学に通っていた。そして私はというと成績は平凡、容姿は優れているといえるほどではないが悪い部類ではなく、昔から運動神経だけは活発なそんなありふれた高校2年生だった。

夏休みを間近に控え、今日も今日とて登校した学校は浮き足立つようなそわそわと落ち着かないような、そんな雰囲気で溢れていた。
いつもより遅くまで学校に残りくだらないことではしゃぎあえる仲間たちとこれまたくだらない会話で盛り上がり、夏休みをどう過ごそうかと相談し合った。そんな他愛のない一日。

そう、他愛のない一日だったはずなのだ。しかしそれは呆気なく訪れ、日常を奪っていった。

人ひとり通れるか通れないかという広さの家と家の塀の隙間。その先から助けを求めるような猫の鳴き声が聞こえていた。だから心配になってその隙間に足を踏み入れた。それだけのこと。
そして私は薄い膜を通るような感覚を全身に感じたと思うと、細い木々の隙間からこの馬鹿でかい建物の前にたたずんでいたのである。

そして話は冒頭にたどり着く。

「え?え?なにこれどういうこと?」

私、原まことは混乱していた。

しかしそうなるのも仕方がないではないか。塀の間に入ったはずなのにどう見ても森の中の木々の間からどう考えても生まれ育った田舎にあるとは思えない大きな建物を見上げているのだから。

そもそもこんな場所は知らない。右を見ても左を見ても360度見覚えのない景色だった。空ばかりが見知ったもののように見える。

「待った。もしかしたら私が知らなかっただけであの家と家の向こう側にはこんなファンタジックな場所がもともとあったのかもしれないじゃないか。なんか森から出てきちゃったけどきっと塀を抜けるとここの森につながってたんだ。…落ち着こう。大丈夫。」

深呼吸深呼吸。と自分に言い聞かせ、息を整えているうちにはたと異変に気付く。どうも自分の掌が小さいように思う。そもそもなぜこんなに地面が近いのだろう。
ぺたりと自分のほほに触れればまるで子供のような体温と柔らかな弾力がそこにあった。


「ちょっと君、いいかな?」

自分の目の前に影がさしたかと思うと、視界いっぱいに金髪のイケメン。
私はなぜだかこの顔をよく知っている気がした。

「あれ?反応なし…?おーい。聞こえているかい」

しげしげと顔を眺めていると困ったようにその人は笑いかける。

「…はい。えと、はい。」

おい私、はいしか言えてないぞ。

「おい!鳴海!勝手にムチ豆を持ち出していくな馬鹿者!!」

と、もう一人男の人が緑色のムチを片手にかけてきて『なるみ』と呼んだ人を手にもったムチで思い切りひっぱたいた。この人もなぜだろう、見覚えがある。

だがそんなことは今はどうでもいい。私はこの目の前で繰り広げられる暴力におびえていた。なぜ金髪さんは笑っていられるんだ。

「痛い!痛いって岬先生っ!後でちゃんと謝るってば!それよりもその子おびえちゃってるからっ」

「…ん?」

二人の視線がこちらへ向く。

「ひぃっ」

なるみ、とよばれていた人が立ち上がり、それを納得いかない顔で少し睨み付けた後、みさきせんせいと呼ばれていた黒髪の男の人が私に近づいて手を差し伸べる。

「驚かせてすまなかった。立てるか?」

「あっは、はい!」

以外にも紳士的に腰の立たない私を引き上げて立たせた後、『みさきせんせい』はふわりとほほ笑んだ。
うわ、かっこいい。
一見冷たそうに見えるが笑うととても優しい顔になるんだなと呑気に思った。

「取り込み中悪いんだけどね、君に話があるんだ。」

ふわつく頭で『みさきせんせい』を見つめていると『なるみ』という人が真剣な顔をして私の手を取る。

「手荒で申し訳ないんだけど、色々聞かせてもらうよ。」

ピアスを外しながら話す『なるみ』の声を聞いて、私の意識はそこで途切れた。

あれ、なんかこの展開---どこかで見たような気が、する…--------

ふわりと風がほほをなでる感覚に覚醒する。

「あ。起きたかい?」

本日2度目の金髪イケメンのドアップがそこにあった。

「…あの、ここは…?」

「急に連れてきてしまって悪かったね。不審な少女が学園の中に突然あらわれたと報告があったから。」

にっこりとやさしい笑みをうかべているのはさっき門の前にいた、たしか『なるみ』という人。
不審とは失敬な。
少しムッとしながら周りを見回すとどうやらここはどこかの建物の中のようだ。

「寝ている間に色々話を聞こうと思ったんだけど、君、わからないとばかり繰り返すから起きるまで待っていたんだよ。」

困ったようにそういわれたが、どういうことなのかさっぱりわからない。寝ている間に聞こうとしたって何?寝言ってこと?

「さっそくで悪いんだけど君はどうしてあそこにいたのか教えてくれないかな?」

「…わかりません、猫の鳴き声がして、家と家の塀の間を通ったら森の中からあのでっかい建物を見上げていました。」

「うーん………それがね、おかしな話なんだよ。聞いた話では君は急に森のなかに現れたと聞いたんだ。」

「そんなこと言われても…」

「それにここの敷地の中に民家はない」

怖がらせないようにと笑顔で話しかけてくれてはいるが、目が笑っていない。

(怖い…。ここは本当に何処なんだろう、私が何をしたっていうの。)

「……………。」

「はぁ…岬先生はどう思う?僕にはどうもこの子が嘘をいっているようには見えないんだけど」

いつまでたっても返ってこない返事にしびれを切らしたように『なるみ』はため息ひとつついて後ろをふりかえった。

そこには同じく森の中で会った黒髪の男の人がいた。

「どう、といわれてもな。もしかすると空間移動系のアリスを持っているのかもしれないぞ」

「だ、そうなんだけど」
だ、そうだって言われても…

「その、アリスってなんなんですか?」

「………そうだね、アリス。特別な人間だけが持つ特別な力、天賦の才能のことだよ。例えば僕は『フェロモンのアリス』」
まただ。この人の声を聞くとクラクラする。

「今は押さえているからちょっとメロメロになっちゃうくらいで済むけどね♪」

いい笑顔で顔を赤くしてフラフラする私を見つめる。
この人私で遊んでるわ。

「馬鹿!起きたばかりのいたいけな少女に何をやっとるかお前は!」

黒髪の人が『なるみ』をたたいた。

「イタタタ、そうそう、それでこの人のアリスはーー」

「植物のアリスだ。」

「その植物のアリスってなにができるんですか?」

「…………。」

二人は顔を見合わせると、『なるみ』は可笑しそうに笑い『みさきせんせい』はそれをとがめてため息をついた。

「俺は植物を自在に育て、操ることができる」

「そうそう!歌ったり踊ったり、逃げ出す子もいるんだよ。それにこの豆なんかはーー」

『なるみ』がポケットから豆を取り出すとそれはぐんぐん成長してムチになった。

開いた口が塞がらない。
私はこの不思議な力を知っている。
フェロモンのアリスを持った『なるみ』。
植物のアリスを持った『みさきせんせい』。ムチ豆。

道理で見覚えがあるはずだ。だって彼らは私の愛読していた物語の先生達にそっくりだった。いや、そのものなのだから。
鳴海先生に岬先生。

そんな馬鹿なだってこれじゃまるで……………

(が、学園アリスーーーーー!!?)
私はまた意識が遠くなっていくのを感じた。

「あれ!?この子また気絶しちゃってる!」

「なっ、急に色々教えすぎたんだ馬鹿!」


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ