book1

□居候影月その後3
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「うおー!日本のLサイズよりこっちのMサイズのがでっけーってマジなんだな!なんつーか、アメリカサイズって感じだなー!!」
「うるせえよ、黙って食え」
「なんだよー久しぶりの再会なんだし、もうちょっとテンション上げてこうぜー影山!」
「おまえのテンションが高すぎんだ、ボゲ」

ひとしきり驚いた後、俺と日向は近くにあったファストフード店に入り、朝食を取りがてら腰を下ろす。まだまだ朝は早いと言うのに、店内の席は既に半分ほどが埋まっていた。
適当に注文をし、頼んだものが来た途端日向はこの様子。相変わらず、少しも変わらない。

「……それで、どうしたんだよ急に。まさかおまえも居候させろーとか言うんじゃねえだろうな」
「ちげーって!あ、いや、そりゃ二、三日泊めてくれたら嬉しいけど」
「どっちだよ」
「でも俺のはただの観光と、おまえの様子見に来ただけ!すぐ帰る!」

わたわたと大げさな身振り手振りを多用しつつ話す日向に、俺の様子?と俺は少しだけ首を傾げる。すると日向は急に静かになったかと思うとこくんと頷き、ほんの少しだけ視線を彷徨わせた後、珍しく言いづらそうにぼそぼそと言葉を紡いだ。

「つ、月島の、こと、なんだけど」
「……あいつになんかあったのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて。いやでも、そう、なのかな?」
「おまえがはっきりしなくてどうするんだよ。言っとくが俺はここ数年会っても連絡とってもねえぞ」
「それは知ってる。……本人から、聞いてる」
「……月島になんか言われたのか」

今更ながら、俺以外のやつらは普通に月島に会っているのだということを思い出し、おかしな気分になる。俺の世界には月島がいないのが当たり前で、世界は月島なしに回っているような錯覚を覚えていたけど、そんなはずはない。元気にやっているというのなら、今も月島はどこかで何かをしていて、誰かと会って話している。俺とのことを誰かに話していたとしても、何もおかしなことなどない。
ぶんぶんと少し焦ったように首を振る日向を眺めつつ、無意味に紙ナプキンを指先で弄った。

「そうじゃなくて、俺がおまえのとこ来たのも全部俺が勝手にしたことなんだけど」
「?」
「……なあ、影山。おまえさ、結局月島のこと、どう思ってんだ?」

ぐ、と一瞬何もないはずの喉が詰まり、思い切りむせそうになった。変な質問するなボゲ!と声を荒げようとして、しかし俺を見上げる瞳の思った以上の真剣さにそれをかろうじて飲み込む。
変な意図はなく、でも変な意図も含みつつ、日向が真剣に問いかけているのがわかった。
答えられず唇を噛みしめて俯いているうちに、番号を呼ばれ注文したものを日向が取ってくる。俺に答えを急かすことも無く、日向はもそもそと自分が注文したものに手を付け始めた。
半分ほど食べ終えた頃だろうか。日向が独り言のように話し出す。

「……おれがさ、バレーできなくなって、めちゃくちゃ荒れたことあったじゃん。あの時さ初めの内はただバレーできなくて悔しくて、悲しくて、そういうのみんな周りにぶつけてた。でも途中からはなんていうか、ひっこみつかなくなっちゃったじゃないけど、みんなに迷惑かけた罪悪感とか、そういうのも色々混ざって、止め処見失っちゃったみたいな馬鹿なとこ、あったんだ」
「……」
「そんな時に、おれのこと止めてくれたの、研磨だったんだ。詳しい事は話せないけど、研磨にはすんげー迷惑かけた。でもそのことすっごく感謝してるし、止めてくれたのがあいつでよかったって、今でも思ってる」
「……詳しく話せない、ってのは、なんでか聞いてもいいか?」
「研磨と約束したから。このことは、黒尾さんにも内緒、って」
「そりゃ、聞けねえな」

昔随分と苦戦させられた、音駒のセッターを思い出す。小柄な体に、プリン頭。おかしな髪型とは裏腹に、そこから生み出される戦略はバレーに関してだけは天才的と称される俺も驚かされるほど。
いつも気だるげだけれど、猫のように鋭い、綺麗な瞳を持つ人だった。幼いころから共にいたらしい、大柄な黒猫と同じ。
孤爪さんが黒尾さにも内緒だと言うのなら、それは絶対で、相当なことなのだろう。
今更の真相にほんの少し驚きつつ、俺と日向はくく、と小さく笑った。そしてひとしきり笑った後、日向が続ける。

「これもやっぱり、詳しいことは言えないし、状況が違うのもわかってけるけど、月島も今たぶん、引っ込みがつかなくなっちゃってるみたいなとこ、あると思うんだ」
「何かしでかしたのか、あいつ」
「これからしようとしてる、って感じかな。本人がやりたいっていってることだから、俺たちには止められない。止められるとしたら、俺は影山だけだと思ってる」
「……止めなくちゃいけないようなことなのか」
「それは……おまえ次第、だと思う」
「俺?」
「そう、おまえ」

ぱっと顔を上げた俺の瞳を、日向の強い瞳が見据えた。ギラギラと輝く、夏の太陽と同じ色の瞳。
こいつがバレーをやっていた頃の事を、思い出す。まるで小さな、肉食の獣のような、強い意志を灯した綺麗な瞳。

「おまえがちゃんと月島に向き合うつもりがあるなら、俺は止められないし、止めたくないと、そう思ってる」

時折こちらがはっとするような顔をするこいつに、俺は幾度助けられてきただろうか。
誰よりも信頼できる相棒にこうも真剣に問われてしまえば、もう逃げることも誤魔化すこともできないし、したくない。
要領を得ない言葉では少しも状況がわからないし、月島になにかあったのかと心配する気持ちもある。
でも頭は酷く冷静で、今まで絡みに絡んだ糸がするりと解けるように、少しの躊躇もなく俺は日向を見つめ返し、答えた。

「……黒尾さんや月島が抱いていたみたいな気持ちを持ってるのかって言われたら、それは正直わからない」
「うん」
「でも、あいつのことを放っておけない……いや、放っておきたくないとは、思う」
「……うん」
「ずっと会ってないのに、その間もずっと気になってた。今どこでどうしてるのかとか、すんげー考えたと思う。酷いことも言ったから、謝りたいとも思う。言いたいこととか、したいこととか、してやりたいこととか、いろいろあるけど」
「……」
「……今はとにかく、元気にしてるあいつを見たい。……会いたい」

口にしてみれば、急にその気持ちは胸の中で膨らんでいく。いつも廊下に、キッチンに、リビングのソファの上に、その姿を探していた。不機嫌そうな表情が、厭味ったらしい笑い顔が、時折見せる、柔らかな表情が、もう一度見たい。
王様、と、おまえに呼ばれるのならいいと思えた。もう一度、その声で呼んでほしい。
こみ上げそうになる気持ちを抑え込むために、ぎゅと膝の上で拳を握りしめる。流れる沈黙に何となく顔を上げると、やけに嬉しそうに笑う日向と目があった。

「……そっか!」

その表情が、酷く眩しいと思った。まるで夜明けに山の端から、目に痛いほどの光を放つ太陽そのもののように。
俺がただひたすらに目をつむり、ひゃくを数えているその隣で、怖いほどの力強さで朝を引きずり出してしまう。ただ待っているだけなんかよりも、ずっとずっとかっこよくて、そんな前向きな姿に何度も救われた。絶対に言ってなんてやらないけど、憧れた。
いつだって、俺の迷いを振り払ってくれるのは、この相棒。

チームメイトの声で耳にしたあの詩を、バレー以外に関しては物覚えの悪い頭でも、いまだに記憶している。
その時はちゃんとした意味はわからなくて、それからしばらくしてもう一度授業できちんと習ったけれど、やっぱり難しくて、日本語訳だなんてつらつらと並びたてられても、やっぱりはっきりと意味を取る事は出来なかった。
ただ、さよならだけが人生だと、その一言だけがいやに胸に刺さり、未だに俺の中で小さく息をしている。前しか見ていない、まだまだ未来はこれからだと思っていた当時の俺には、その二つをイコールで結んでしまうことがとても悲しかった。
だから、その後に国語教師が続けた言葉に、ほんの少し救われたのだ。
ある人は、こう言ったのだと。さよならだけが人生ならば、また来る春はなんだろうと。
野の百合は、めぐり合う日は、やさしい夕焼けは、ふたりの愛は、建てた我が家は、灯す明かりは、なんなのだろうと。
さよならだけが人生ならば、人生なんて、いらないのだと。
そう言った人も、いるのだと。

その時は漠然とただその詩を聞いて悲しいなと思っただけだった。その詩を聞いて、こっちの方が好きだなと、思っただけだった。
でも今なら、はっきりと言える。
さよならだけが人生ならば、俺はそんな悲しい人生はお断りだ。
永遠なんて願いようがないとあの人は言っていたけれど、初めから終わりを見据えるような悲しい関係は、願い下げだ。
人生が嵐に揉まれて散ってしまう花のようなものだと言うのなら、俺は自分の足でそれを追う。
自分の足で、自分の意思で。

また来る春を、迎えに行こう。




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