book1

□月島が影山の家に居候する話
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たぶん影月



浅はかな行動をするべきでなかったと、散々後悔したネタを蒸し返されたのは、とある日の帰り支度をしている時だった。

「そういえば影山さ、あれから例のハニーちゃんとはどうなのよ」

汗まみれになったユニフォームを脱ぎ捨て着替えたジャージのファスナーを上げながら、俺はチームメイトからかけられた声に遠慮なく顔を顰める。普段はただ気がよくてバレーがうまいうちのチームのリベロだが、面白い事と色事に目が無い。一度絡まれると面倒なのは、この短い間で身をもって学んだ。

「別に、どうとも……というかハニーなんかじゃありませんってば」
「じゃあダーリンか?お前らならどっちもありそうだよなあ」

過剰な反応を返せば更にからかわれるのがわかっているから、あえて素っ気なく。ただしっかりと否定するのだけは忘れない。冷静に対応していればすぐに飽きる。
そう頭ではわかっていても、にやにやと下世話な笑みを浮かべながらしつこくからかわれると、つい苛立ちが顔に出てしまう。だから王様は単細胞って言われるんだよ、とどっかの誰かのムカつく声が脳裏に浮かんだ気がして、誰のせいだと思ってると舌打ちと共にかき消した。
日本人ほんとにほせーしちいせえ!わかる、あれなら全然いけるわーなんて下ネタじみた話が更衣室内に充満し始めて、俺はぐちゃぐちゃのユニフォームを畳むのもそこそこに袋に突っ込み、そのまま愛用のエナメルバッグの中に押し込む。そしてこれ以上余計な詮索を入れられるよりも先に、おつかれさまでーすと一声かけそこを後にした。

俺の練習を影ながら見ていた月島を思わず追いかけてしまって以来、チームメイトにはしょっちゅう月島との仲をからかわれる。あれからよく共に練習に訪れること、月島が男にしては細く中性的な顔立ちをしていること、この地域が一際同性愛に寛容であること。様々な要因が重なったからこその、現状だろう。実際、チームメイトの中にもそういった奴らは少なくないらしい。
しつこく否定を繰り返していたら、一度おまえのじゃないなら俺が手を出していいよなと楽しそうに言ってくる猛者がいた。いまいち同性愛というか、恋愛沙汰にぴんと来ない俺としては相手をするのも面倒で、力技じゃなければ好きにして構わないと言ったのをそいつは真に受けたらしい。一応、まあ止めた方がいいと思いますけどとおまけ程度に忠告をしたのだが、なんとその次の日そいつは本当に月島に絡みに行っていた。これがアメリカクオリティなのか、そいつに限った話なのかはわからないが、そのフットワークの軽さに驚く。
さすがに止めた方がいいかと悩んでみたが、そんな心配をするまでも無く五分もしないでそいつは帰ってきた。引きつった笑みを隠せていない陽気な男は、若干震える声で、「お前のハニー、強烈だな」と呟き、何故か俺の肩をぽんぽんと叩く。
だからあいつは俺のハニーなんかじゃないし、止めた方がいいと言ったのに。
他人事のようにそう考えていた罰か、その直後話題は何故か俺へと飛び火した。おまえもなー初め見たときはこう、いかにも大和撫子ーって感じで、実は俺結構狙ってたのによ、だなんて全く知りたくなかった真実を告げられ、思わずそいつから数歩距離を取る。
しかし俺のそんな動作には気付かなかったらしく、でも実際一緒にバレーしてみたらぜんっぜんそんなことねーのな!三歩下がるとか絶対嘘!だなんてほざいていた。
外人はみんな日本人を大和撫子だと思ってるのかと偏見を抱きつつ、ふと昔月島が、「控えめなイメージありますけど、実際の撫子の花言葉には大胆、なんてのもありますからね」と清水先輩を例えて崇め奉る田中さんと西谷さんに茶々を入れていたのを思い出す。
なんでおまえ花言葉なんていちいち覚えてるんだよ、女子か!なんてツッコミを入れられてるのを聞きながら、そうなのかと少し感心したのをやけによく覚えている。

そんな話の流れで、そういやマジな話、おまえは恋人とかいないのかと先程の奴とは別の年配のチームメイトに尋ねられ、今までいたことないですと答えると、何故だか少し恐ろしいものを見るような目で見られた。よく喰われなかったなとかなんとか聞こえてきた気がしたけれど意味がわからず首を傾げていると、つい先程まで月島にフラれて落ち込んでいたはずのやつが俺の首に腕を回す。じゃあ俺がなってやろうか!なんて言ってくるものだから、その腕を叩き落としつつ間に合っています、と返した。
なんだか余計面倒なことになってきたな、と思いつつふと先程の問いを投げかけてきたチームメイトが妻子持ちだったことを思い出し、なんとなく、本当になんとなく尋ねてみた。
恋人って、そんなにいいものなんですか、と。
俺の口からそんな言葉が出たことに驚いたのか、その人はぱちぱちとまばたきをした後、腕を組んで考え込む。とんとん、と普段ボールを操る指が考えあぐねたように毛深い腕を叩くのを眺めていると、そりゃあ、まあなとようやく答えが返ってきた。

「煩わしくなることが無いって言ったら嘘になるけどな、やっぱりいいもんだよ。それに何より、どっか行かれたくないと思ったやつをちゃんと繋いどける権利が、恋人にはあるんだ」

だからもし大事だとか離れたくないだとか思うやつがいるんなら、しっかり繋いどけよ。
そう言ったその人の顔は、誰を思い出していたのか。酷く愛しげな、しまり無い表情を浮かべていた。




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