book1

□夜に咲く花
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中学生おがふる+三木君。
BGM「僕/と/花」







おもいとは、花のようなものだとおもう。

「ふ、古市くんっ!」

緊張のあまりがちがちになっていることが伺える声に呼び止められ、オレはふと足を止めた。さかきほど購入したばかりの紙パックのオレンジジュースをずず、とすすりながら振り向くと、最近ともに行動をとることが多くなった三木、という少年が駆け寄ってくる。
男鹿に助けられ、それからというもの、あいつに懐いたらしいこいつ。どこかうんざりとした顔でそう語る男鹿に、そういえばお前、何かと捨て猫とかにも懐かれるもんな、といやに納得したのは記憶に新しい。三木はどちらかというと、猫というよりも犬だけど。ほら、尻尾が見える気がする。

「おー三木。どうした?」
「ちょ、ちょっと話があるんだけど…いいかな?時間、ある?」

若干顔を赤らめて、同い年だと言うのにこちらの様子を伺うようにたびたび向けられる視線に、そういえばこいつ、自分でもあんまり人と関わるのが得意じゃないって言ってたっけ、と交わした言葉を思い出す。
男鹿に懐けば、常にその傍らにいるオレと接点ができるのも必然で、そんなこんなでオレと三木はなし崩しに友達のようなものになっていた。
しかし、オレ自身は別に人付き合いが苦手というほどではないものの、三木との間に共通の話題が存在するわけではない。申し訳ないけど男鹿の魅力について語るとかは、マジ勘弁。そもそもあるのか、っていうね。
だからこうして、三木がわざわざオレと二人きりの時をねらって会話の機会を作ろうとしたことに、少し驚いた。

「別に、いつでも大丈夫だけどさ。どうかした?」
「いや…その、たいしたことじゃないんだけど」
「んー?」

どっかの語彙が極端に足りないバカのせいで、要領を得ない会話には悲しいことに慣れている。もじもじと、お前は憧れの先輩の前に立った乙女か!とツッコミたくなるような三木をずーっとオレンジジュースをすすることで時間を潰し待った。
するとしばらくして、さんざん逡巡していたがようやく意を決したらしい三木がぐっと拳を握りしめ顔をあげる。今までになく凛々しい表情におお、こいつこんな顔もできんだ。キメ顔の無駄遣い。
そう思いながらずーっとオレンジジュースを吸い込み…。

「おっ、男鹿君ともっと仲良くするためにはっ!どうしたらいいかなっ!?」
「ぶっ!?」

勢い込んで放たれた言葉に思わず激しくむせ返ってしまった。
変な場所に入ってしまったオレンジジュースを追い出すためにげほげほと咳を繰り返していると、その咳き込みが自分の爆弾発言のせいだなんておもってもいないだろう三木が大丈夫かい!?と真剣に案じているように近づいてくる。
うわー、マジかよ。こいつ、マジで言ってる?とあははっ、なーんちゃって、で前言を撤回する様子もない三木になんとも言えずしょっぱい気分になる。なんかあれだよね、ラブコメ漫画のヒロインちゃんの相談役になった気分。女の子だったら大大大歓迎なんだけどな!

「げほっ…ど、どうしたんだよ三木?藪から棒にそんなこと…」
「う、うん…。前も言ったとおもうんだけど、僕は男鹿君に憧れてるんだ。だからできればもっと仲良くなりたいとずっと思ってて…。それなら君に聞くのが一番いいかなって」
「いやいやいや、なんでそこでオレ!?」
「え?だって一番男鹿君と仲がいいのは古市君だよね?それに男鹿君だって…」
「んなことねーよ!オレは付き合い慣れてるからあいつの扱いにちょっと慣れてるだけ!珍獣ショーの調教師レベル!」
「でも…」
「…そもそも別に、あいつとの間に仲がいいとか、ねえよ」

最後の、もとよりきかせるつもりもなくぼそっと呟いた声に、三木が訝しげに首を傾げる姿を横目に見ながら、オレは最後の一飲みを無駄にしてしまったオレンジジュースの紙パックを畳む。けほ、とさきほどの名残で一つ咳き込むと、三木はやはり心配そうに眉根を寄せた。
いいやつだな、とおもう。この、男鹿に憧れオレ達と…男鹿とともにいることが多くなった、三木久也という少年は。
気は少し弱いけれど、誠実で真面目で、優しい。なにより、男鹿のあの姿を知っても恐れず、周囲の持つ固定観念に囚われない。むしろそんなやつに近づこうと、同性に真っ直ぐに教えを乞うようなやつだ。
ほんとうに、いいやつだとおもう。
もしかしたら、こいつにならできるかもしれない。オレにはできなかったことを。オレにはムリだと、そうそうに匙を投げてしまった、大切なことを。

「でも…古市君が一番男鹿君と付き合いが長いのは確かだろう?なんでもいい、教えて欲しいんだ。男鹿君の好きなもの嫌いなもの、男鹿君と一緒にいる上で、知っておいた方がいいこと」
「…三木」

男鹿は、なにものをも拒まない。代わりに、なにものをも受け入れない、そんなやつだ。
来る者拒まず、去る者追わず、といえば聞こえはいいかもしれないが、単純に興味関心が極端に薄いのだ。
元来の気性もあるだろうけど、それは幼少期の、ほろ苦い経験が強く根付いていることが主だった理由だろう。
拒めばほらやっぱり、と罵られ、受け入れればお前なんかに近づくんじゃなかったと、やっぱり罵られる。
だから男鹿は、誰かをほんとうの意味で受け入れはしない。誰かを特別には置かない。誰かに心を許し、全てを預けたりは、しない。
そんな八方塞がりの中に、向こう見ずにも飛び込んだオレは、いちおう今あいつのテリトリーの中にいた。でもそれだって、特別ではないのだろう。男鹿はいつだって、いつかくるだろう終わりを見据えている。
男鹿にとって、人との出会いは川のようなものだ。それは流れ去るもの。掴もうとしても、抗うことなく零れ落ちていくもの。
季節が過ぎ去るように、自然と通り過ぎて行き、そしてそれが自分の手ではどうにもならないこと。男鹿はそれを、誰よりも理解している。
今までだって、少なくはなかった。男鹿の強さに憧れ、ともにありたいと望むやつは。しかし結局は、なにかと理由をつけてみんな消えていく。
そしてその移ろいに頓着しない男鹿は、ただただその背中を見送った。
花が散るように、太陽が陰るように、紅葉が舞うように、雪が溶けるように。それを自然の中で当然あるべき事象とでもおもっているかのように。
男鹿は誰かに頓着しない。男鹿は特別をつくらない。
それは、傷つかないためにはとても有効な手段だけれど、同時にとても、かなしいとおもう。

おもいとは、花のようなものだとおもうから。
そこにそっと咲いているだけでしあわせな気もちになり、その地に希望を見出すことのできる。
それが少しずつ大きくなっていくのを優しく見守るだけで、こころが温かくなる。ガラスのケースで冷たい風から守り水をやれば、それはこの世界でたったひとつの、かけがえのないものとなる。
美しくて儚い、おもいとは、花のようなものだとおもう。

それを、男鹿にも手にして欲しかった。オレがそれを、男鹿からもらったように。
きっと男鹿は知らないだろうけど。そっとオレのこころにまかれたタネは、確かに花を咲かせているから。その幸福と痛みを、男鹿にも知ってほしいと、そうおもいつづけていた。
オレにムリなら、せめて他のやつに。オレのタネでは、芽がでないことはわかっているから、いつか、男鹿が花を受けとるやつが現れるまで、ここで見守ろう。
宿木に止まっては去る鳥たちが、なす術なく去っていくさまを見ながら、そう考えていた。
はずなのに。

「…わかった」
「本当に!?」

オレの相槌に三木がぱあっと顔を輝かせる。そのあどけない、まっすぐな表情に、ああ、きっとこいつならと、そんなおもいが胸をよぎる。
それなのに、どうしてだろう。特別をつくらない男鹿を、かなしいとおもって見ていたはずなのに。なにもできないでいる自分を、情けないとおもっていたはずなのに。なにも望まない、ただ、男鹿がいつか、こころから背中を預けられる、特別におもえるやつを作れたらいいと、そうおもっていた、はずなのに。

「なんにも、期待しないこと」
「…え?」
「なにも期待しない、なにも望まない、なにも求めないこと。ただそれだけ。簡単だろ?」
「古市、君…?」
「どうしたんだよ三木、お前が知りたがってたことだろ。男鹿との、関わり方」

おもいとは、花のようなものだとおもう。
一度咲きほこり、タネを飛ばし始めたら自分ではもうどうしようもない。風に乗り、地に根をおろし、そしてまた花を開く。それは次第に大きくなり、全てを埋めつくす。
そして、許容量をこえた花は、水を失い枯れるんだ。

貪欲に水を求めるあわれな花。
枯れるならはやく、枯れてしまえばいいのに。






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